第五章 黒い寝息
【第五章 黒い寝息】ーーーーーーーーーーーーーー
気がつくと、俺は布団の中にいた。
濡れていない。
部屋も、乾いた畳のままだ。
さっきまでの水も、人影も、すべて夢だったのか――そう思いたかった。
だが、胸の奥はまだ冷たく、息をするたびに肺の奥がざわつく。
すぅー……ふぅー……。
耳元でそれが聞こえる。
布団の中からだ。
自分の呼吸ではない。
俺よりも遅く、深く、湿っている。
恐る恐る顔を下に向ける。
布団の中、俺の腹のあたりに、もう一つの顔があった。
白くふやけ、瞼は閉じられている。
口だけがゆっくりと開閉し、俺と同じ呼吸を繰り返していた。
目を逸らそうとしても、首が動かない。
視界の端に、さらにもう一つ、そしてもう一つと顔が並んでいく。
布団の中は人で満たされていき、俺はその真ん中で押し潰されそうになった。
頭の奥で声がした。
――もう、お前もこっちだ。
その瞬間、肺がひとりでに動かなくなった。
代わりに、布団の中の誰かが俺の分まで息を吸い込み、吐き出す。
俺はそのリズムに同調させられ、完全に身動きが取れなくなる。
視界が暗くなっていく。
最後に聞こえたのは、自分ともう一人分の寝息が重なった音だった。
すぅー……ふぅー……すぅー……ふぅー……。
翌朝、青葉荘の二号室は空き部屋になっていた。
大家は「またか」とだけ呟き、淡々と布団を干し始めた。
布団の中から、ゆっくりと湿った空気が立ちのぼる。
その布団は、次の住人が来る日まで押し入れに仕舞われる――。
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