第三章 過去の事件
【第三章 過去の事件】ーーーーーーーーーーーーー
翌日、俺は青葉荘の大家の家を訪ねた。
徒歩五分の場所にある古い平屋。玄関の引き戸を開けると、薄暗い廊下の奥から、あの老婆が顔を出した。
「……何か、ご用ですか?」
「夜、変な音がするんです。寝息みたいな……」
老婆は一瞬、口元を固く結んだ。
そのまま、奥へ消えていく。
戻ってきたとき、手に古びたアルバムのようなものを抱えていた。
「……見せるつもりはなかったんですけどね」
ページをめくると、古い集合写真が現れた。
昭和五十年代、青葉荘の前に立つ十数名の住人たち。
その中に、若い女がいた。
首をすくめ、妙に顔色が悪い。
老婆は写真を指でなぞりながら言った。
「この女、二号室に住んでたんですよ。ある冬の夜、布団の中で死んでたんです。窒息死。……不思議なのはね、口も鼻も塞がれてなかった」
俺は背中を冷たいものが走るのを感じた。
帰り道、図書館に寄って地域の古い新聞を探した。
古びたマイクロフィルムに映し出された見出しが目に入る。
《青葉荘二号室、再び不可解死 被害者は男性会社員》
記事によれば、同じ部屋で数年おきに、原因不明の窒息死が起きていた。
どの被害者も、死亡推定時刻は深夜二時前後。
現場の布団は内側から濡れており、被害者の肺からは海水に近い成分が検出されたとある。
ページをめくるたび、背後で紙の擦れる音が聞こえた。
振り返ると、誰もいない。
だが、耳の奥で――すぅー……ふぅー……とあの音がした。
その夜。
寝息は、もう布団の中だけではなかった。
部屋の四方八方から、十人以上の寝息が重なって響いた。
高いの、低いの、湿ったの、途切れ途切れのもの。
全部が俺の呼吸に重なり、逃げ場をなくしていく。
天井を見上げると、薄暗い木目の間から黒い染みが広がってきた。
それはゆっくりと膨らみ、滴る。
ぽたり、と額に冷たいものが落ちた瞬間、胸の奥まで水が入り込む感覚がした。
目を閉じたら、二度と目が開かない気がした。
#ホラー小説




