第二章 寝息の正体を探る
【第二章 寝息の正体を探る】ーーーーーーーーーー
三日目の夜。
また、あの音が始まった。
すぅー……ふぅー……。
前よりもはっきりと、近い。
耳を澄ますと、壁からではなく、畳の下から響いてくるようにも感じられる。
湿った呼吸音に混じって、ときおり喉の奥で小さく泡がはじけるような音がする。
誰かが長く眠りすぎて、肺の奥に溜まった水を揺らしているような。
息を止めても、その音は変わらない。
毛布を頭からかぶっても、布越しに染み込むように聞こえてくる。
やがて、俺はまぶたの裏で黒い影のような形を見た。
形はゆらゆらと揺れながら、俺の鼻と口に顔を寄せてくる――。
はっと目を開けると、音は止まっていた。
時計は午前二時を指していた。
翌日、俺は思い切って隣の部屋を確認した。
二号室。錆びた表札の名札は抜け落ち、扉には蜘蛛の巣がかかっている。
ノブを回すと、施錠されていた。
ガラス窓越しに中を覗くと、畳は半分剥がれ、奥の押し入れの襖が開け放たれていた。
薄暗い中、押し入れの床が黒く染みているのが見えた。
不安を紛らわせるため、昼間はできるだけ外に出るようにした。
駅近くの商店街の八百屋で野菜を選んでいると、店主の中年男が俺をじっと見てきた。
「……あんた、青葉荘の人?」
頷くと、男は眉をひそめ、声を落とした。
「夜中に音がするだろ」
俺は思わず黙り込んだ。
「みんな知ってるさ。あそこは昔から、冬になると変なんだ。寝息みたいな……な」
それ以上聞こうとしたが、男は「関わらないほうがいい」とだけ言って、会計を済ませろと促した。
その晩。
寝息は、もう枕元ではなく、布団の中から聞こえた。
俺の胸の上あたりで、何かがゆっくりと呼吸をしている。
冷たい湿気が、薄いパジャマの生地越しに肌へ染み込んでくる。
俺は、息を吸えなくなった。
肺の奥まで水で満たされるような圧迫感。
必死で身をよじると、布団の中の“それ”は音もなく消えた。
朝になって起き上がると、胸元のパジャマが濡れていた。
濡れ跡からは、海の底のような塩と鉄の匂いがした。
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