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御使い

 外壁から家の屋根に飛び移る。

 下の路地は屍鬼でいっぱいだった。背後からもしつこく追って来る。


 屋根伝いに進むと、ほどなく広場が見えた。

 四方の路地から接続されており、近在の住民達の共有スペースなのだろう。


「――あれです、姫様っ!!」


 フェリナを背負ったまま、アリアは屋根から広場へ跳躍。

 着地と同時に広場の中央にある井戸へ駆け寄る。屋根付きの大きめの井戸だ。


「あなたは屋根に!」

「はい!」


 背から滑り降るとフェリナは井戸の屋根によじ登り出す。

 間髪入れず、全方向から屍鬼があふれ出した。路地から、窓から、屋根から広場へ雪崩れ込んで来る。

 井戸の上空に陣取っていたミィヤが叫ぶ。


「うわ、来とるぅっ! めっちゃ来とるでーっ!!」

「お黙り、毛玉っ!!」


 アリアは井戸桶をつかみ、渾身の力で投げた。

 滑車が回り、桶につながっている鎖がじゃらじゃらと伸びていく。

 屍鬼達は頭上を通過する桶には目もくれず、井戸へ殺到する。


『ヌガアア、オオオオオオーッ!!』

「大人気ですわね、わたくし達。でも、申し上げたはずですわよね? レディを強引に誘うのは――」


 家屋の壁に激突し、桶が砕ける。滑車から鎖が抜けた。

 宙を舞う鎖の端を引っつかみ、アリアは炎の力を浸透させる。


「マナー違反ですわよっ!!」


 瞬時に赤熱した鎖を猛烈な勢いで横薙ぎに振った。

 鎖は目前に迫っていた屍鬼達をまとめて両断。続く第二波、第三波の屍鬼も同じ運命をたどった。

 

「ふふん、まるでバターを切るようですわね! もっと身体を鍛えてはいかが? まあ、腐っていては無理でしょうけど!!」

 

 屍鬼がもと人間だったとしても、アリアに躊躇はない。

 魔物との戦いに臨んでは、日常の感覚は切り捨てるべし。迷宮探索で学んだ教訓だった。


『アガオオオオオオーッ!!』


 さらに押し寄せてくる屍鬼の大群。

 一歩も引かず、アリアは見栄を切った。


「神ナルアーが使い、アリアントージュ・エル・ザイドリィですわ!! さああああっ、来なさい腐れ鬼共ーっ!!!!」


 アリアは井戸を囲む形で鎖の暴風圏を形成した。

 屍鬼達は次々に域内へ突入し、頭を飛ばされ、胴体を断ち切られていく。

 もはや火に飛び込む虫のような有様であった。

 フェリナとミィヤは屋根の上から俯瞰し、すべてを見届けていた。


「さすが脳筋やな。御使いなるの、めっちゃ嫌がっとったくせにノリノリやんか」

「す、凄い……アリア姫様、凄いわ!!」

「ん? あー、凄いことは凄いんやけど……」

「おほほほ! パーティはこれからですわよーっ!!!!」


 哄笑しつつ、アリアは凄まじい速度で鎖を振るう。

 がらに合わない逃走を余儀なくされたせいで、けっこうストレスが溜まっていたようだ。

 屍鬼達は鎖を打ち込まれてバラバラにされ、肉塊が広場に積み上がっていく。

 まさに凄絶であった。


「ありゃ、さすがにエグいんちゃう? むしろ狂戦士(バーサーカー)みたいや」

「だって、凄いよ! 凄くて凄くて、すっごく凄い!! 凄いよね!?」

「共感求められてもなぁ。一個も情報増えとらんし」

「ええと……強くて、綺麗で、上品で、格好いい!! まるで物語の中の人みたい。こんなに凄い方、見たことないよ! 特別な方だよ!! ミィヤちゃんもそう思うでしょ?」

「いや、まぁ――って、なんでウチはちゃん付けやの!?」


 攻めあぐね、さしもの屍鬼達も足を止めてしまう。

 強烈な飢えに塗り潰された脳にも、ついに理解できてしまったのだ。

 これはまずい奴に手を出してしまったらしい、と。

 

 乱れた髪を手ぐしで整え、アリアは凄みのある笑みを浮かべた。


「あらあら、もう怖じ気づきましたかしら? では、こちらから参りますわよ!!」


 鎖を一振りすると、アリアは突撃した。

 戦いは一方的な展開となった。いや、もう戦いではない。

 害獣を駆除するがごとき有様だった。


「逃がしませんわよーっ!!」

『グギャ、ギャアアアッ!?』

「ほーら、ほらほらぁーっ!! どうですのっ!? 踊りなさい、豚共ぉっ!!」

『ピギャアアアーッ!?』


 逃げ惑う屍鬼の姿など、滅多に見られるものではない。

 笑みを浮かべ、舞うように駆け、存分に鎖を振るうアリア。

 フェリナは恍惚となっている。


「そうよ、お姫様だわ……神様が遣わしてくださった、わたしの姫様……」

「いやいや、どう見ても女王様やろ、アレ。めっちゃ笑ろてるし」

「おほほほほ!! おーっほっほっほっほっ!!」

「わたし、お仕えするなら……あの方にお仕えしたい……!」


 ミィヤの突っ込みはスルーされ、フェリナはうっとりとアリアを見詰めるばかりであった。




   □




 広場には切り刻まれた屍鬼がうず高く積まれ、小山を成していた。

 どれも二つ三つに分断されているが、まだ死体ではない。


『オオ……オ、アアア……ッ!』


 アリアが近寄ると、屍鬼達は噛みつこうともがき出す。

 噛んだところで生きながらえることはない。あと数時間程度で死ぬはずだ。

 ただ、彼らはそうせずにはいられないのだ。

 

 一体の額に指先をあてがい、アリアはそっとつぶやく。


「お開きの時間ですわ。もう、お還えりなさい」


 全身から青白い炎が噴き出し、屍鬼は絶命した。

 ほどなく炎は広場中の屍鬼へ伝播。身体を内側から焼尽され、彼らはようやく死穢れから解放された。

 葬送の煙が天へ向って立ち昇って行く。

 入れ替わるように、広場上空を旋回していたミィヤが降りて来た。


「いきなりなんやねんな。煙たいやんか」

「屍鬼はどうですの?」

「あかんわ。街の中も外も、まだまだぎょうさんおるで」

「そう。困りましたわね……」


 手元の鎖に目を落とす。

 鎖を形成する鉄輪は、どれも一回り細くなっている。全体が溶け崩れてしまうのを防ぐ為、アリアは鉄輪の芯の温度を下げ、表層のみ高熱化していた。それでも薄皮を剥ぐように鉄輪は減耗してしまったのだ。

 

 特に鉄輪同士が接触する部分はこすられてしまい、さらに細くなっている。

 先ほどのような使い方をすれば、長くは保たないだろう。


「だいぶ痛んどるな。戦っている最中に千切れてもうたら詰みやで」


 しかしながら、現状では唯一の武器には違いない。

 アリアは鎖を巻いて輪にすると、腕を通して肩にかけた。


「――フェリナ。あなたがナルアーに願ったのは〝この街を救うこと〟でいいのかしら?」

「あの……実はわたし、神様のお名前は知らなかったんです」


 屍鬼に追われて身を隠し、恐怖の最中でフェリナは願ったのだ。

 

 誰か助けて。

 誰か、誰か。

 誰でもいいから――と。


「そしたら頭の中に声が響いて……オッケー、じゃあ僕が御使いを送ってあげるから、助かったら感謝してね! みんなで恩に着てね! 毎日拝んでね! ばっちりお祀りしてね! って……」

「確かにアレが言いそうな台詞ですわねー」

「そら当たり前やろ。地上じゃナルアー様は知名度ゼロやもん、指名されるわけないわ」


 つまり宛先のない願いをナルアーが勝手に拾ったのだろう。

 恐らくエリゼの場合も同じだったに違いない。駆け出しの神ならではの地道な営業努力であった。


「わ、わたしの神様には毎日お祈りしてたんですけど……何もなくて……」

「自分、聖堂教会やろ?」


 ミィヤはフェリナの首飾りに視線を投げる。


「あそこの神さん、めちゃめちゃメジャーやからな。左うちわやさかい、滅多なことじゃ御使いは寄越さんで」

「そ、そうなの、ミィヤちゃん!?」


 信者が世界中に何億人もいるから、何もしなくても莫大な信仰心が得られる。

 もはや積極的に御使いを送る必要がないのだ。


「いずれにせよ屍鬼を一掃しない限り、フェリナが助かったことにはなりませんわね」

「せやろな。そもそも、何で屍鬼がここまで増えてしもたんや?」


 屍鬼は大して強くはないが、極端に数が増えると手が付けられなくなる。

 人里近くに出現した場合は早期に自警団などを派遣し、駆逐してしまうのが普通だ。

 

 しかし今回に限ってはそれが失敗したらしい。


「司祭様が言ってました。屍鬼があふれたのは、古城の悪魔のせいだろうって……」

「古城の悪魔? なんや、それ」

「ごめんね、ミィヤちゃん。古い言い伝えらしいけど、わたしは詳しい話は知らないの」

「司祭がいるということは、この辺りに教会がありますのね?」


 フェリナはうなずく。

 教会は街外れにあり、生き残りの人々が立てこもっているらしい。


「わたし、教会へ戻ろうとしていたんです。でも途中であいつらに見つかってしまって……」

「なるほどなー。お嬢ちゃんを送りついでに教会で司祭様とやらに話聞いた方がええやろな」


 風に乗って屍鬼特有のうめき声が聞こえてきた。

 徐々に近寄って来ているようだ。


「おっと、お出ましやで。連中、まだパーティを楽しみたいらしいな!」

「お開きにしましたのに、間の悪い方達ですわね。さっさと出発してしまいましょう」


 時折物陰に身を隠しつつ、路地をひた走る。

 フェリナの道案内のお陰でアリア達は無事死の街を通り抜けることができた。

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― 新着の感想 ―
[一言] >ミィヤの突っ込みはスルーされ、フェリナはうっとりとアリアを見詰めるばかりであった。 これ絶対、恍惚のヤンデレポーズしてると思うww >「あそこの神さん、めちゃめちゃメジャーやからな。左う…
[一言] 複雑な人間関係に巻き込まれるより、戦った方がすっきりすることも。
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