少女
人々の願いをかなえるだけなら、神自身が行なうのが確実だ。
御使いは「神の使い」であり、特別に優れた者が選ばれるが、奇跡の力――神通力は振えない。当然ながら失敗することだってある。
失敗すれば、神への信仰心は増えるどころか減るだろう。
だが、神が直接姿を見せることは滅多にない。
「なんせ神様やからな。地上に顕現するだけでめっちゃ神通力がいるんや」
『ア゛ガガガガガーッ!!』
「せやけど一度の奇跡で得られる信仰心なんて知れてるやろ? 要はコスパ最悪なんや!」
『オア゛ア゛ア゛ア゛ーッ!!』
「せやから、ウチらみたいな御使いを代理人として派遣してやな――」
『オアガウォアア、アアアアアアアーッ!!』
「い、いきなりそんな話をされても、頭に入ってきませんわっ!! 特に今はーっ!!」
地響きを立てて背後に迫る屍鬼の群れ。もはや街路を埋め尽くす津波のようなレベルになっていた。
汗だくになって走るアリアに対し、翼を持つミィヤは軽々と追従している。
「正直、相手が屍鬼でよかったわ。連中、ウチには見向きもせんからなー」
「ひ、他人事だと思ってーっ!! 何もよくありませんわよ!!」
「文句言わんとはよ走らな、追いつかれるで? 脳みそ美味しく頂かれてまうで?」
「わかってますわよ!! てか、あなた、どうにかできませんのっ!?」
「あー、無理やな。もー、ぜんぜん無理無理ぃ。見ての通り、ウチ非力やさかい」
地上に顕現した時、ミィヤもアリアの頭上に現れていたのだ。
屍鬼への対処でいっぱいいっぱいだったアリアは、しばらく気付かなかったのだが。
「一体何をしに来ましたの、あなた!! 心底役立たずの毛玉ですわね!!」
「毛玉やない言うてるやろ! ウチかて来るつもりやなかったんや!」
何かを察知したのか、ミィヤはひょいと高度を上げた。
「あっ、右から来たで」
「うはぁっ!?」
路地から飛び出して来た屍鬼を危うく回避。
「おっ、今度は左や」
「ぬわっ!?」
足を止めず、屍鬼を殴り飛ばす。
「上から来よるで、気ぃつけやー」
「ひいっ!?」
慌てて身をかがめる――が、何か小さな影が通り過ぎただけだった。
「あ、ごめん。ムササビやった」
「おーのーっ!?」
ともあれ、逃げる為に来たわけではないのだ。
御使いとしての使命を果たさないことには、禁域への帰還もかなわないらしい。
まずは彼女達を喚んだ者、奇跡を願った者を見つける必要がある。
「てか屍鬼なん、さっきみたく燃やしてまえばええやん? あんた、炎の魔法を使えるやろ? 焼き払え! 言うてやな、こう――」
「わ、わたくしが燃やせるのは、手で触れたものだけですのよっ!!」
予想外だったのか、ミィヤはぽかんとした。
「はー、それで拳闘士かいな。せっかくの火力も接近せなあかんとは……そら、難儀やな」
屍鬼が数体やそこらなら殴って燃やせばいい。
だが、この状況はダメだ。近寄ったら最後、全員を殴る前に必ず誰かにどこかを噛まれてしまう。
『ガアアアアーッ!』
「おっと、前にも屍鬼がおるで」
背後ほどではないが、とてもかわせる数ではない。
アリアは慌てて街路を曲がった。
「くぅ、どうしたら……って、えええええっ!?」
道は数百メートル先で行き止まりになっていた。
「あ、これあかん奴や」
「ミミミミ、ミィヤ!! あなた、ちゃんと道案内してくださいなっ!!」
「阿呆かい、ウチかて初めての街やで? 道やら知るわけないやろ」
正面は高い石壁。街の周囲を囲む外壁のようだ。
横合いに並ぶ家のどれかに飛び込む? 危険だ。速度が落ちてしまう。その先に抜けられるとも限らない。
しかし、もう石壁が迫って――
「お姉さん、こっちーっ!! 登って、早くっ!!」
梯子だ。外壁の上から梯子が下ろされた。
何を考える間もなく、アリアは梯子を駆け上がった。
外壁上に足が触れる――瞬間、アリアは振り向きざまに拳を振った。
『グガッ!?』
追ってきた屍鬼の腹部を梯子越しに打ち抜く。
『ギャアアアアアアアアアーッ!!』
梯子に群がっていた十数体の屍鬼が一斉に炎上した。
殴った屍鬼と梯子を経由させ、高熱の爆炎を一気に伝播させたのである。
消し炭と化した梯子は崩れ、屍鬼達共々、地面に落下した。
「おー、やるやん! 一網打尽や!」
返事もせず、アリアはへたり込む。完全に息が上がっていた。
街を闇雲に駆け回っての逃避行はさすがに堪えたらしい。
「凄い……!! みんな燃えちゃった……!」
感嘆をもらしたのは、まだ幼さを残す少女であった。
薄汚れた粗末な服をまとい、木片で作った×字の首飾りを下げている。
膨れた背嚢を負っているが小さな身体には不釣り合いに見えた。
何より印象的なのは金の瞳だ。
驚きに見開かれ、アリアを凝視している。
「は、梯子を下ろしてくれたのは、あなたですのね……?」
銀髪を揺らして少女はうなずく。
立ち上がり、深呼吸してアリアはどうにか体裁を整えた。
優雅に一礼すると、騎士のようにひざまずいた。
「ありがとう、お嬢さん。お陰で助かりましたわ。わたくし、アリアントージュ・エル・ザイドリィと申します」
頬を赤らめ、「は、はい……」と少女はつぶやきを返す。
彼女の手を取り、アリアはにっこりと笑いかけた。大輪の花のような笑顔であった。
「あなたのお名前、うかがってもよろしいかしら」
「わ、わたしはフェリナ!! 名字はありません! ただのフェリナです、姫様!!」
「フェリナ……素敵なお名前ね。とても可愛らしいわ」
「えっ! あ、ありがとうございます……!!」
フェリナは真っ赤になり、もはや卒倒寸前だった。
突然のナンパにミィヤは呆れているようだ。
「こっちの毛玉はミィヤですわ。魔物ではないそうだから、安心してね」
「なんや、その紹介! てか、誰が姫やねん!!」
「だ、だって……綺麗で上品で、本物のお姫様みたいだもの……!」
きらきらした憧れの視線を向けられ、アリアは得意満面となった。
「おほほほほ! やはり見る者が見ればわかりますのね。伯爵令嬢には収まらない、わたくしの溢れ出る気品は!」
「お嬢ちゃん、騙されたらあかん。こいつただの脳筋やで。何でもとりあえず殴っとこ、思うタイプの阿呆や」
「毛玉はお黙りなさい。全身もっふもふのくせに」
「あんたこそ、仮にも天使のくせに幼女に手ぇ出すなん、外道やろ!」
「んな、何ですってぇ!? 可愛らしい方を可愛らしいと愛でて、何がいけませんの!! 職業差別ですわ!」
低レベルな言い争いを始めた二人に、フェリナはおずおずと呼びかける。
「……あの、もしかして姫様達が神様のお使いなの……?」
「お!? せやで! ウチらが最底辺の神、ナルアー様の御使いや!!」
「さ、さいていへん……?」
言葉の意味がわからず、フェリナは目を白黒させている。
ミィヤは頓着せず、
「てことはあれか? お嬢ちゃんが奇跡を願った本人かいな」
「えっ! は、はい! あの、わたし実は」
「おおっ、ビンゴやんか!」
「お待ちなさい! のんびり話している場合ではないようですわよ……!」
眼下には屍鬼達がうじゃうじゃといた。街中から集まって来ているのか、先ほどよりも明らかに多い。
「しまった……! 向こうに階段があるんです!! あいつらきっと登って――」
フェリナが斜め向こうの壁上を指さした途端、蠢く屍鬼達の姿が現れた。
「――来たみたいやな。どないする?」
「逃げるに決まってますわ!!」
アリアはフェリナに背を向ける。
「荷を捨てて、わたくしにおぶさりなさい!」
「えっ!? でも、これは……」
「フェリナ! いいから、早くなさい!!」
「は、はいっ!!」
背嚢を投げ捨て、フェリナはアリアの背に乗る。
「行きますわよ!!」
外壁の上を走り出す。
障害物はないが、一歩道でもあり、見通しがいい。おまけにフェリナを背負っている。屍鬼達に追いつかれるのは時間の問題だ。
「うおおお、こらマジでやばいで! 屍鬼をまとめてぶっ殺す方法を考えんと!」
ミィヤの声にも焦燥があった。
幼い子供の命もかかっているとなれば、さすがに平静ではいられないのだろう。
「どっかに長い木の棒くらいあるやろ? 燃やしながら振り回せばいけへんか?」
「木ではダメです! すぐに燃え尽きてしまいますわ!」
「なら、剣とか槍はどうや?」
アリアの返事は否定的であった。
剣ではリーチが心許ない。槍は柄が木だから、結局燃えてしまう。
「ああもう、面倒やな! 結局、どんな物やったらええの!?」
「たぶん一番いいのは、長い鉄の棒ですわ。ただ、わたくしに扱える重さでないとダメです!」
「むむむ……こらあかんわ。具体的に何を探せばええのか、想像つかへん!」
ミィヤはすっかり弱り顔だ。
眉をしかめ、アリアも懸命に頭を絞る――と、背後から声をかけられた。
「あの、姫様。わたしはよくわかってないんですけど……」
事態を打破したのはフェリナの提案であった。
読了ありがとうございました!
次回更新は6/12(金)の予定です。




