コラボ
この週はその後も特にいいことはなく、土曜日の十九時が近づいて来た。桧山さんと別れて以来、俺は何も出来なかった。事前に入れていた面接を一件こなしただけで、それ以外のことを何か進んでやることはしなかった。
それまで俺は自分にはチャンスがないだけだと思っていた。周りの奴らが就職に成功するのは口がうまいから、もしくは面接官の求める学生像を考えられるから。だが、桧山さんに選択肢を提示されることで俺にはそもそもやる気がないということを理解してしまったのである。
俺に就職する気があるなら、方法はいくらでもある。言い方は悪いが、探す企業のランクを落とすという方法もある。しかしそもそも俺にやりたいことがないということを身をもって実感してしまった以上どうすればいいのだろうか。
最近は親からの連絡が来ることも恐怖になり、バイト先からの外せなさそうな連絡が来た時以外は極力スマホを避けるようにすらなった。メールやツイッターも多少面倒だがパソコンで見れなくはない。
そんなふうにもろもろのことについて結論が出ないまま放送前のツイッターを巡回していると、森野のリスナー界隈では今回のコラボに対する期待はかなり高まっていた。俺は何人か森野のリスナーの中で配信でも常連となっているようなアカウントをフォローしているが、楽しみという声や早くもファンアートを上げているものもあった。
一方、興味本位で調べてみた永原エリカ側のファンには「森野未影って誰?」という声も多かった。少し寂しかったが、一方で奇妙な安心感もあった。森野未影というのはメジャーコンテンツではない。ネットの片隅でひっそりと棲息していてこそ森野、という思いもある。
有明さんもテンションが上がっているのか、森野と永原エリカのファンアートを片っ端からリツイートしていた。おかげで俺は彼女のアカウントをフォローするだけで労せずしてファンアートを追うことが出来た。というかまだコラボ終わってもないのにファンアートが出来ているのか。職人速すぎだろ。
「皆さんお待たせしました! おはエリ~、永原エリカです。本日は引きこもり×陰キャの姫の対談企画ということで、森野未影さんに来てもらいました! では早速お呼びしましょう、どうぞ」
ちなみに「おはエリ~」というのは永原エリカの配信開始のあいさつである。「おはよう+エリカ」と「おかえり」をかけているのだろう。
「初めまして、森野未影です。おはよう~、早速だけどめっちゃ視聴者数多くて緊張しちゃいます」
わずかにではあるが、森野の声に緊張が含まれているのが俺には分かる。伊達にずっと配信を追ってきた訳ではない。
『おはエリ~』
『間に合った』
『おはエリ~』
『楽しみ』
他愛もないあいさつのコメントが大量に並んでいるが、普段の森野の配信に比べると流れていく速度が何倍もある。視聴者数も段違いだ。
「初めまして~。早速だけど、森野さんって呼ぶのも他人行儀だし何かあだ名とかある?」
「うーん、何か勝手に“陰キャの姫”て呼ばれてるけどコラボ相手にそれで呼ばれるのは嫌だな」
二人は苦笑する。
「それはそうだね。リスナーからは何て呼ばれてる?」
「大体森野か森野さんが多いな。うちのファン、陰キャが多いから」
確かに陰キャは下の名前で他人を呼ぶのはハードル高いからな。森野の陰キャギャグ(?)に永原エリカが笑う。コメント欄にも草が生い茂っていた。
「あははっ、じゃあ私は未影ちゃんって呼んでいい?」
「うん……何か普段全然そう呼ばれないから照れるな。じゃあ私も永原さんのことエリカさんって呼んでいい?」
「いいよ、でも『さん』なんだ?」
「いきなり下の名前呼び捨てはハードル高いって。私も伊達に『陰キャの姫』て呼ばれてる訳じゃないから」
「確かに。急に私のこと呼び捨ててあだ名がなくなったりしたら大変だ」
森野がコラボでどのように会話するのかは気になっていたが、打ち合わせなのか台本があるのか、自虐を織り交ぜた軽妙なトークが続いていく。
「では早速、いくつか質問が届いているので読んでいきましょう。まず一通目、タカさんから、『おはエリ~。本日は森野未影さんとのコラボとのことでとても楽しみです。早速質問なのですが、どのような経緯でこのコラボは実現したんですか? また、森野さんはエリカさんのことをこのコラボの前から知っていましたか?』とのことです。元々私、バーチャルライブ以外のⅤライバーも結構追っていて、それであるとき未影ちゃんの切り抜き動画を見かけたんだよね」
切り抜き動画というのはファンが配信動画から見所などを抜きだして編集した動画である。厳密には著作権的にまずいのかもしれないが、Ⅴライバー界隈では新規ファン獲得のため黙認されていることが多い。Ⅴライバーによっては自分で自分の切り抜きを作っている者もいるし、切り抜き動画の禁止を明言している者もいる。
「え、どの切り抜き?」
「一週間誰ともしゃべらなかったときの声のやつ」
俺はリアルタイムで見ていた訳ではないが、昔まだ森野の配信頻度が低かったころの話である。お便りで『誰ともしゃべらずに引きこもっていて、賃貸の不動産会社から電話がかかってきたとき電話に出ようとしたら声が出なかった』というものがあり、それを再現するため、森野は一週間無言を貫いたらしい。
ちなみに、配信もなかった訳だがいくつかBGMだけの動画を上げていた。
そして一週間後の配信で初めて声を出すというしょうもない企画をして、そのときの最初のかすれた声が切り抜かれて動画にされている。俺もその切り抜きは見た。一週間準備した割には声のかすれ具合はマイク越しだと分かりづらいし、数分でいつもの声に戻るという限りなく企画倒れに近い企画だった。
「え、あれ本当に恥ずかしいから見ないで欲しいんだけど……」
声が、というよりは企画のしょうもなさに対する恥ずかしさではないだろうか。
「それがきっかけで見にいったら雑談とか普通に面白くて、タイミングをうかがってた。未影ちゃんはどう?」
「私も結構前かな。確かクリスマスの引きこもり渋谷実況の時からだったと思う」
「それは大分古参だね」
「ただ最近、自分の配信増やしたせいであんまり追えてないけど」
知らない単語が出てきたのですかさず俺は有明さんにメッセージを送る。
『引きこもり渋谷実況って何?』
するとすぐにURLとともに返信が帰って来た。
『渋谷に設置された定点カメラでクリスマスではしゃぐパリピを家の中から実況するっていう配信』
『そんなことしてたのか。ていうかそんなカメラがあるのか』
不覚にもちょっとおもしろそうだと思ってしまった。このコラボ終わったら見てみるか。
「まあそれは仕方ないよね、私もバーチャルライブの配信全然追えてないし」
「今五十人だっけ? それだけたくさんいたら仕方ないって」
そんな感じでしばらく二人の雑談が続く。『陰キャの姫』というあだ名を持つ森野だったが、雑談はそつなくこなしていた。一年以上一人とはいえ配信していてしゃべり慣れてきたみたいなところはあるのだろう。
永原エリカの方はコラボ慣れしているのか、うまく森野を立てながら、ややオーバーリアクション気味に反応することで森野をアシストしていた。
「……はい、ではそろそろお悩み相談に行こうかな。今回は二人の元に集まったお便りをそれぞれいくつか選んで持ち寄って、それをさらに二人で厳選しました。ただ、お互い一通ずつこっそり相手が知らないお便りを選んでいますよ」
「はーい」
「じゃあまず一通目だし軽いのから行きましょう。ボンさんから。『おはエリ~。早速ですが今日はお悩み相談ということで僕のお悩みを聞いてください。僕は高校二年生で、昔から仲のいい幼なじみがいます。家が近いので中学まで一緒で、高校は別れたのですが、この前久しぶりに会ったら急に大人になってました。昔みたいに普通に映画見て買い物してご飯食べに行ったのですが、僕は彼女のことを異性として意識してしまいました。女子から見て幼なじみが異性に見えるということはあるのでしょうか?』ということで。未影ちゃんはどう?」
何というか、普段の森野の配信では絶対来ないタイプのお便りだな。そもそもそういうリスナーがいないのか、来ても配信に採用してないのか分からないが。
「いいよね、こういうの。まず高校二年生っていうのがちょうど子供と大人の間ぐらいの年齢でいいと思う。中学生だとまだ小学校の延長みたいな感じだし正直大学生になると色々すれてきてこういう甘酸っぱい感じにならなくなっちゃうから」
『早口で草』
『評論じゃなくて質問に答えて挙げろよw』
『急に生き生きしただしたなw』
「……あの、未影ちゃんも確か高校二年生だよね?」
「……そう言えばそうだったね」
永原の突っ込みに森野の目が泳ぐ。
Ⅴライバーあるある、自分の設定を忘れる。テンプレ的なギャグだったがコメント欄は『草』でにぎわっていた。
「特に違う高校に行って会う頻度が減ることで幼なじみから異性に昇格したっていうのが特にいい。よく会っていたときはただの幼なじみだけど会わなくなって初めて意識しちゃうんだよね、こういうの嫌いじゃない」
「あの、これ理想の恋愛シチュエーション発表じゃなくてお悩み相談なんだけど……」
永原エリカはわざとらしく困ったような声で言う。
再び『草』が大発生する。このシチュエーションに関するコメントしてる時の森野はやたら楽しそうだったな。一人しゃべりだとあまり出てこない一面だから少しおもしろかった。
「こほん、私は幼なじみとかいないから幼なじみ物のラノベから得た知識で教えると、これは100%いける。きっと幼なじみは主人公……じゃなくて君のこと好きだよ。はい、次エリカさんのターン」
「今主人公って言ったよね……。まあいいか、これだけの文章では何とも言えないけど、相手も幼なじみの延長みたいな感じで一緒に遊んでみたけど今回のお出かけで意識しちゃったって可能性もあるよね。だからもう一回誘ってみたらいいんじゃないかな。その時の服装とか髪型に注目して、ちょっとおしゃれになっていたら要注意ということで」
「すごい、私と違ってちゃんとアドバイスしてる。実は引きこもりじゃないんじゃない?」
「大丈夫、恋愛シミュレーションゲームで得た知識だから」
「あ、そう」
森野がややボケに回っていたからか、永原はきちんとお便りについて解答して、そして最後にきっちりオチもつけていた。
『こうして見るとやっぱ永原さんすごいね』
『そうだな。初対面なのに安心して見れる』
有明さんからのメッセージに俺も同意する。
「じゃあ次は未影ちゃんどうぞ」
「はーい。これは私が選んだやつで、nhkさんからです。『おはようございます、おはエリ~。今回は森野さんの初コラボということで気合入れてお便り送らせていただきます。突然ですが私は世間の人が感動するようなことに感動できません。単に私が逆張りオタクという訳ではなく、熱中出来ることがないのです。友達と遊んでもいつもさめているので次第に疎遠になっていきます。色んな趣味にも手を出してみましたがのめりこめるものがありませんでした。何かいい方法はないでしょうか? もしくは同じような感覚の方はいるでしょうか?』という訳で、随分気合の入った重さだね。エリカさんどう思う?」
何というか、いつもの森野の配信に来る奴の中でも特に重たいやつのような気がする。まさかコラボでこんなものをチョイスするとは。正直もっと無難なものを選ぶのかと思っていた。
しかし今の俺にとってお便りの内容は身に沁みるものがあった。確かに俺も見栄を張っている訳でもなく、何か熱中出来ることもなく生きている。そのツケがここに来てしまっている。 それが仕事に繋がらないとしても、例えば何か金のかかる趣味か、それこそ付き合っている女性とかがいればお金のために働こうという気にもなったかもしれないが、それすらもない。もしかしたらこいつは、今の俺に近い苦しみを抱えているのかもしれない。だったら森野はそれに対してどんな答えを提示してくれるのだろうか。
「うーん、確かに私もある程度分かるかな。例えば世間ではやっている芸能人とか見ても私は何とも思わないこと結構あるし、はやりのアイドルとかも何とも思わないことが多い。みんなはどう?」
最初にコメントしたのは永原だった。
コメント欄は最初『?』とか『よく分からない』が多かったが、永原がフォローを入れると『そういうことか』『なるほど』『確かにそれはある』などのコメントが増えていく。
ちなみに、最初から『分かる』『俺無意識にお便り送ってたのか』などと言っているのはおおむね見たことのある名前だった。要するに森野の配信の常連である。
そこへ有明さんからもメッセージが来る。
『永原さんの今の、すごいね。森野さんが選んだ重いお便りをちゃんとフォローしてる』
『すごいけど、そういうことなのか? そうではない気がするんだが』
『え、どういうこと?』
俺は俺より熱心な森野のファンだと思っていた有明さんがこの感覚を共有してくれていないことに軽くショックを受けた。いや、森野の今までの配信聞いてれば俺が思ってることぐらい分かるだろう。仕方がないので俺は心の中のもやもやを出来る限り言語化して説明する。
『永原さんが言っているのは、世間ではやってるものを見ても何も思わないってだけで、ゲームなり漫画なり他に何かしら熱中できるものはあるってことだろ』
『え、このお便りで言ってるのもそういうことじゃないの?』
有明のそんな感想を裏付けるように、
「例えば小説を読んで感動出来なかったとしても、別の小説を読んだら感動出来るかもしれない。自分が絶対に手を出さないようなジャンルに手を出してみたら?」
と永原も言っている。
もしや俺の気持ちはこの配信を聞いている人々の中で全然共有されていないものなのか? 不意に俺は焦燥を覚える。
『もしかしたらそうなのかもしれないけど、多分今そう思っている本人はそう思ってないから悩んでると思う』
例えば俺はなりたい仕事がないが、それで悩んでいるときに「きっとまだ見つかってないだけで他に何かあると思う」と言われても心から納得できるわけではない。おそらくこのメールを送ったnhk氏はそういうアドバイスを求めていた訳ではないのだろう。
『それでもそうアドバイスするしかないんじゃない?』
それを言われると言い返せないところがあるんだが。
森野は、森野は何か言ってくれないだろうか。森野なら俺の、いやこいつの気持ちが分かるはずだ。頼む、理解してくれ。そしてそれに対する言葉をくれ。俺はじりじりしながら森野の言葉を待つ。
「うん、エリカさんの言う通りだね。ちなみに私から一言アドバイスするとしたら、その何にも感動出来ないという気持ちを持っている人しか分からない境地はあると思う。だからもしnhkさんと似たような人がいた時、本当の意味でその人に共感できるのはnhkさんしかいないから、その葛藤はその時のためにとっておくといいんじゃないかな」
森野の言葉を俺は何となく理解した。確かに、俺と似たような気持ちを持っている奴のことを理解してやれるのは俺しかいない。皮肉なことにそれは永原や有明さんの反応、そしてコメント欄を見ていれば分かることである。
コメントはすぐに『?』『どういうことだろう』『分かるような分からないような』という言葉で埋まる。そんなコメントに紛れて有明も『どういうこと?』とコメントしていた。いたたまれなくなったので俺は『分かる』と打つが、一瞬でコメントは流れていく。そしてコメントの流れの中にちらほら『分かる』『さすが森野』というコメントも見るが、やはりそれは森野の常連リスナーのものが多かった。
まあ、nhk氏にだけでも森野の言葉が届いていればそれでいいのだが。俺は森野は自分の気持ちを掬い上げてくれたことにほっと安堵する。
「さすが未影ちゃん、いいこと言うね。じゃあ次に行こう」
微妙な場の雰囲気の変化を感じ取ったからか、永原は次のお便りへと進んだ。おそらく永原も森野の言葉の本当の意味を理解してはいないのだろう。
今森野はどんな気持ちなのだろうか。ライブ2Dの画面を見ても森野の気持ちは分からなかった。ただ、森野も俺と同じもやもやを抱えていて、それでもコラボを進行させるためにあえて永原に合わせてお茶を濁しているのではないか。そんな風に俺は納得した。
その後は永原の安定したトークに、適度に森野がボケを挟みながら配信はつつがなく進行した。そしてあっという間に一時間は過ぎて配信が終わる。多分おもしろい配信だったのだろうが、俺はいまいち内容が頭に入ってこなかった。
有明さんもそんな俺の心境を察したのか、それきりメッセージを送ってくることはなかった。
確かに違和感はあったが、別に森野が変わってしまったという訳ではない。今回は突発的にコラボがあったというだけで、そもそも森野はコラボをするタイプではない。今後は元に戻るだろう。
ちなみに、放送終了後有明さんがツイッターに『森野さんもコラボ頑張ったし私も就活頑張ろう』と書いていて無性に腹が立った。




