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陰キャの王  作者: 今川幸乃
闇
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12/18

炎上

「くそっ!」


 有明さんの姿が見えなくなると俺は思いっきり叫んだ。周辺を歩いていた学生がびくっとしてこちらを見たが、そんなことは関係ない。どうにか、どうにか俺がただの厄介オタクとは違うという理由を見つけなければ。


 そうだ、有明さんはどうせ数人に過ぎないって言ってた。でも、おそらく俺と同じことを考えている人は他にもいるはずだ。他にも同じことを考えてるやつがたくさんいると分かれば、俺の感覚こそが正常だと分かるはずだ。


 俺は急いでスマホを取り出すとツイッターを開いた。

 とりあえず「森野未影」で検索する。すると今回の配信の感想から森野のファンアート、単なる要望まで様々なツイートが出てくる。しかしそこで分かりやすく俺と同じようなことを呟いている者はいなかった。


 とはいえ、最初の検索は言うなればジャブだ。Ⅴライバーはツイッターのエゴサをすることが多い。そのとき、「森野」「未影」などで検索する以上、否定的な感想をわざわざ目につくように書く者は少ないだろう。


 ただ、それでも抑えきれない気持ちをツイッターに書きたいとき、森野と特定出来るようなキーワードやハッシュタグを外して書き込まれることがある。一番すぐに思いつくのは「森/野/未/影」みたいに文字の間に記号などを挟むパターンだろうか。他にも森野の名前を出さずに感想だけ書くという方法もある。


 そういうツイートをどうやって見つけるかと言えば、日ごろ森野に熱心にツイートしているアカウントを片っ端から見つけてその発言を辿るしかない。森野はファンのアカウントを全てフォローするようなタイプではないので、フォローされていないアカウントではそういうつぶやきをしている者もいるかもしれない。

 うまくすればそれで見つかるかもしれない。そう思って調べて見ると、ちょうど生放送のあった時間帯に、


『何とは言わないが、その路線変更は嫌だな』

『こんなこと言っていいのか分からないけど、そっちには行かないで欲しい』

『本人には言わないけど、今まで通りでいて欲しい』

『ずっと俺たちだけの存在でいて欲しい』

 などのつぶやきがいくつか見つかった。


 俺はそれらのツイートを見て悪いと思いつつもほっとする。俺と同じことを考えている人はやはりいるのか。しかしほっとするだけでは俺の心は済まなかった。俺は有明さんに否定されたこの気持ちを誰かと共有したかった。


 俺は『ずっと俺たちだけの存在でいて欲しい』というツイートにリプライを書いた。

『初めまして。私も似たようなことを思いましたが、知り合いには「厄介オタクの思考」と言われました。でも私たちのような人々は今の彼女に希望を見出して生きているので、変わらないで欲しいです』

 一息にその文章を書いて、俺は少しだけ留飲を下げた。そして家に帰った。



 いつもは家ではブラウザゲームでもしつつ、Ⅴライバーの配信やアーカイブを巡回するのが習慣となっているが、今日はそういう気分にもならなかった。仕方なくラノベを手に取ってみるが、読んでいても目がすべっていくばかりで内容が頭に入ってこない。当然就活の情報収集をする気も起きない。


 仕方なく俺は当てもなくツイッターを巡回していた。何となくツイッターを巡回する行為は何も生み出さないが、とりあえず気は紛れる。

 俺が何となく他のⅤライバーのファンのアカウントを片っ端からさかのぼっていると、おもむろに通知マークが点灯した。何となくそれを見てみると、なんと先ほどのリプライに対するリプライだった。


『まじか。言われてみれば外から見れば同じかもしれないな。確かに他のⅤや変わった後の彼女だって別に俺たちを否定してはこないんだろうが、今までみたいに俺たちだけの彼女でいて欲しいよな』

 本当にその通りだ。俺は興奮してさらにリプライを書く。


『本当それ。確かにあまりいいことではないかもしれないけど、俺たちのところにいて欲しいっていう気持ちを言葉にするぐらいは許して欲しい』


『というか森野自身はどう思ってるんだろうな。俺たちのことなんてもう割り切っているのか。自分がメジャーになっても変わらないと思ってるのか』


『そんなことないだろ。極端な話、友達が一人のときと五人のときで、一人当たりに向くエネルギーが小さくなるっていうことぐらいは彼女の感性なら分かると思うが』


 どんどん俺たちのやりとりには熱が入っていく。

 ちなみに友達が何人いても一人一人が大切なのは変わらない、というのは陽キャの感性である。たまに主人公の親友っぽいキャラが主人公に仲間や友達が増えて右のような理屈を述べて闇落ちすることがあるが、俺は結構共感している。


『そうそう、これまでみたいな陰キャのお便りも読んで親身になって相談に乗ってくれるとは思う。でももしそれが陽キャみたいなお便りと半々になったら捨てられた気分になるよな。で、それは分かってると思う』


 森野の俺たちのような存在に対する共感力はずば抜けている。正直彼女はトーク力は普通ぐらい、ギャグセンスやゲーム実況、歌や絵、企画力といったⅤライバーが持っているものをほぼ持ち合わせておらず、共感力一つでここまでのし上がってきたようなところはある。だから彼女自身も自身の変化が俺たちのような層に及ぼす影響はある程度想像出来るのではないか。


『やっぱそれが分かってるってことは俺たちは見捨てられたってことなのかな』

 俺は言ってはいけないと思いつつもその言葉を口にしてしまう。正確にはツイッターでつぶやいただけだが。


『どうだろう。やっぱ直接真意を聞いた方がいいのかな』

 彼(男かどうかは知らないが)の提案は魅力的だった。このことについて森野本人からは納得いく説明が欲しいという気持ちは確かにあった。

『いや、それはやめておこう』


 だが、俺は結局止めることにした。この理由が森野への配慮とかだったらまだ救いはある。しかし実際の理由としては、森野の真意を知るのが怖いとか、質問して森野に嫌われたくないといった自分本位の理由だった。そのことが余計に俺の自己嫌悪を増大させた。


『そうだな、このくらいでやめとこう』

 向こうもそう思ったのか、そんなリプライが返ってくる。ある程度自分のもやもやも吐き出せたところではあったので、俺もこの辺りで切り上げることにした。もっとも、この時点ですでに事態は取り返しのつかないことになっていたのだが。



 その後俺は夕食を食べながら他のⅤライバーの配信を見て、配信終了後に感想でも見ようかと思ってツイッターを開いた。そしてそこに来ているえげつない量の通知に気づいた。特にバズバズツイートをした記憶もないので、俺は嫌な予感に襲われる。ツイッターにここまでの反響があるということは……。

 やめろという警告が脳内に響いていたが、見るしかない。俺は震える手で通知のボタンをクリックする。


「何だこれは……」


 わずか一時間の間に先ほどのリプライに対する大量のリプライが来ていた。先ほどのやりとりで俺のリプライはいくつかあったが、そのどれもに他人からのリプライがついている。しかも中にはリツイートまでされているものもあった。


「まさか、見つかって拡散されたか?」

 興奮していたため、固有名詞は伏せたものの、ついリプライという公開の場でやりとりしてしまった。何かの拍子に誰かがそれを見て森野のことだと気づき、拡散した可能性はある。くそ、早まったか。

 おそるおそる俺はリプライの内容を見る。リプライは様々な人から来ているようで、内容も様々だった。


『それは分かる』

『いや、厄介オタそのものだろう』

『古参ぶるな』

『勝手にファンを代弁するな』

『分かるけどそういうことは口に出さないで欲しい』

『消えろ』


 共感、批判、罵倒……内容は様々だったが、一言一言を見るたびに俺の胸はえぐれていく。中にはリツイートした上、

『昨日の配信でこんなこと思ってる奴がいるらしい。本当最悪』

 といったツイートをしている奴までいる。フォロワーが多い奴がひとたびリツイートすると元々広い界隈でもないので拡散はあっという間である。


 俺はマウスを操作する指が震えたが、それでも自分に来たリプライに目を通さずにはいられなかった。多くが批判や罵倒で、擁護はごくまれにしかなかった。批判や罵倒を見るたびに心臓をわしづかみにされるような不快感に襲われ、動悸が早くなる。手にじっとりと嫌な汗がにじみ、生きた心地がしない。読んでいる間にもリプライは増え、俺はそのわずかな時間を永遠のように感じた。


 ようやく全てに目を通し終えたとき、俺のDMに通知が来た。見るとツイッターのやりとりをした相手である。

 俺は恐々DMを開く。


『申し訳ない、俺が一か所森野の名前をそのまま入れたから検索に引っかかったんだと思う。迷惑かけてしまったことは申し訳ない。ただ、俺の気持ちに嘘はないから諦めて燃えるに任せようと思う。発言は迂闊だったが、言葉に嘘はない。あと、信じるか信じないかは任せるが、俺は小説家志望の「泥水サイダー」だ』


 泥水サイダー。小説を書いているが芽が出ずに「助けてくれ」と叫んだ人物である。あのお便りはインパクトが強かったから覚えている。

 確かにそこまで追いつめられているならば森野の変化に対して否定的なのも頷ける。泥水サイダーは今後一生あのときの森野の言葉に救いを見出して生きていくのだろう。


『信じる』

 俺はそれだけを返信した。何て書いていいのかもよく分からなかった。

 というかあのときは興奮して気づかなかったが、確かにリプライを遡っていくと、彼は一か所「森野」と名前を出していた。


 先ほどまで動揺していた俺だったが、このDMを見て心を決めた。俺より遥かに辛い状況である彼がそう言っているのだ。それならば俺も燃えるに任せよう。


 こうして俺のツイッターは燃え続けた。これまで十人ぐらいしかいなかったフォロワーも急に数百人も増えた。ひっきりなしにリプライが増えていき、合間を縫ってリツイートされる。そしてごくまれにだが、いいねを押してくれる人もいた。


 そうこうしているうちにフォロワーが多い人にリツイートされたのか、またリプライが増える。その繰り返しだった。

 しかしこれは俺の偽らざる気持ちを述べた結果だった。


『森野が前に進もうとしているのに足を引っ張ろうとする害悪』

『森野はお前のものじゃねえから』

『勘違いすんなカス』

『俺も寂しい』

『お前みたいな厄介に囲われてる森野が可哀想』

『あなたも森野さんのことが好きな仲間だと思ってましたが、そうでなかったようで残念です』

『むしろお前みたいなのが離れていくならせいせいする』

『頼むからファンを名乗るのをやめてくれ』


 俺は黙々と批判罵倒だらけのリプライを読んでいき、たまにくる共感や賛同の意見にはこっそりいいねを押した。泥水サイダーのツイッターも覗いたが、同じような状況だった。

 しかし彼の方は、明らかに常軌を逸している批判に対しては果敢に反論していたし、元々のフォロワーも俺より多かったため、俺より一回り大きく炎上していた。


 ちなみに、いつの間にか有明のツイッターアカウントにはブロックされていた。これには赤の他人からの罵倒リプライよりもこたえるものがあった。 


 さて、かれこれ一時間近くも炎上を続けて俺は不屈の心を手に入れたと思った。もはやどんな罵倒が飛んできても大した痛痒を感じることはないだろう。

そう思った俺だったが、再び俺のDMに通知が来た。泥水サイダーに何か心境の変化でもあったのだろうか、そう思って俺はDMの送り主を見て声を上げそうになった。


『森野未影@V@陰キャの姫』


「嘘だろ……」


 しかしこれだけの騒ぎになっていれば森野がこの件を知ったとしてもおかしくはない。というか、当事者である以上少しでもツイッターに触ればすぐ分かるだろう。

 森野はこの件をどう思うのか。慰めてくれるのか。たしなめるのか。自重を促すのか。想像はつかなかったが、下手に同情されれば見も知らぬ人に罵倒されるよりも傷は深いかもしれない。それでも来てしまった以上メッセージを開かざるを得ない。


『おそらくあなたと同じ気持ちの人は一定数いる。あなたはその人たちを救えるかもしれないと思ったら救おうと思う?』


 森野のメッセージは意図がよく分からないものだった。しかし文面を見るにいつも配信の時に話しているような、普通のテンションである。そのメッセージを見て俺は困惑する。


『お騒がせしてすみません。一体どういうことですか?』

『私の代わりに「陰キャの姫」やる気ない?』

 俺の背筋に寒気が走った。俺はその短い文面で不思議と森野の意図を理解した。森野は本当に今の自分から変わろうとしている。ただ、それに不満を覚える俺のような奴が一定数いる。その状況に対する森野の答えがこの提案として現れたのだろう。


 そうか、森野は本気で陰キャの姫をやめる気なのか。

 そう思うと、さすがに即答は出来なかった。

『少し考えさせてください』

 そう答えて俺は横になった。その日は目がさえて全く寝付けなかった。

すいません、ツイッターはほぼエアプです

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