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陰キャの王  作者: 今川幸乃
闇
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11/18

亀裂

 翌日、俺は大学であった就活の合同説明会に行った。これまでも大学に企業の採用担当者が訪れて説明会をするというイベントは何度かあった。大学での説明会は参加しやすいため俺も何回か何となく参加したが、気安さのせいか何も得ずに帰ることが多かった。


 すでに八月になっていたが、元々経団連のルールに沿って遅めの選考だった企業や、内定辞退が相次いだ企業、単に学生が集まらなかった企業などはまだ選考を行っていた。

 この時期になってくると学生側も焦っているが、企業も残った学生がどんどん少なくなっていくことに焦りを見せている。お互い後がない者たちが集まってくるため、やや空気は張りつめている。

 この時期になっても採用枠が余っている企業だけあって、俺が今まで説明会に行った企業と違い、職種もただの営業だけでなく多彩であった。


 それでも俺はしっくりくるものは見つからなかった。今の俺の感受性ではきっと何を見ても反応しないのだろう。そんな気分にすらなった。実際、就活だけでなく最近は何をしても心が動かないようになってきたような気持ちすらある。


 唯一心が動くのは親から連絡が来たときと桧山さんが就活の話題を振ってくる時である。その時だけはいつもは何も思わない心に錐で刺されたように鋭い痛みが走る。


 このまま夏休みも就職できなければ、フリーターや就活浪人になることも視野に入ってくる。世の中には単位を取り切っていても、新卒の方が就職しやすいためにあえて浪人する者も後を絶たないという。


 もちろん、卒業ぎりぎりまで選考を行っている企業はある。ただそういうところはよほど注意して選ばないと、吹けば飛ぶような中小企業に入ってしまうかもしれない。


 大体、その時期まで残っているということは、俺は就活失敗者の烙印を押されているということである。そんな俺をわざわざ採用してくれるだろうか。その期間の採用は病気だったとか、海外留学していたとか、そういう特殊な事情を持つ学生のためにあるのではないか?


 就活どころか自分が何になりたいのかすらはっきりせず、やる気もない。進展がないまま時間ばかりが進み、期限だけは近づいて来る。じわじわと真綿で首を絞められるような苦しみを受けつつ、説明会の時間も終わろうとしている。


「あれ、月岡君?」

 説明会が終わって帰ろうとすると、不意に俺は声をかけられた。誰あろう、有明さんである。疎遠になっていたというほどでもないが、最近会っていなかったので少しびっくりする。

 しかもリクルートスーツ姿の彼女は初めて見たので、今までとは違う、かちっとした出来る女のような印象を受ける。


「有明さん!?」

 そう言えば彼女も就活は進んでいないと言っていた。それならここにいるのも納得である。正直あまり再会してもうれしくないシチュエーションだ。


「就活どう……ていう話はしないでおくね」

 言いかけて、ここに俺が来ているということの意味に思い当たったのだろう。有明さんは自分でその話題を取り下げた。口に出してしまったのも、その話題が一番手頃だったからというだけで他意はなかったのだろう。


 気まずくなっても嫌なので俺は他の話題を探す。

「そう言えば有明さんは最近の森野をどう思う?」

 この上なく雑な話題振りであったが、「最近の森野」というキーワードに思うところがあったのだろう、有明さんはすぐに何の話か分かったらしい。


「例のコラボから変わったよね。これまでは今までの世界しか知らなかった森野さんだけど、もっと広い世界があるって知って変わったような気がする。昨日の配信でも新規ファンのために大胆に変わろうとしてたし」

 有明さんは興奮しているのか、やや早口で話した。

 俺たちはどちらからともなく近くのベンチに座る。有明さんは話したいことがいっぱいありそうだったし、俺にももやもやとした気持ちがあった。


 そう言えば前回のコラボから今回の配信までに間が数日空いたが、もしかしたらこのことについて真剣に考えていたからかもしれない。

「有明さんはそれをどう思う?」

「いいことだと思う。別に今までの配信が悪いって訳じゃないけど、それで集まるのってチャンネル登録者で一万~二万ぐらいでしょ? もちろんそれでも多い部類だとは思うけど……。でも他の人とのコラボとかして新しいファンを増やしていけば、森野さんならⅤライバーの中ではもっとメジャーになっていけると思う」

 有明さんは興奮したまま語る。彼女は森野のファンが増えていくであろうことを純粋に喜んでいた。しかし有明さんが興奮していくのと反比例するかのように俺のテンションは冷たくなっていった。


「でも、それで俺たちから離れていくのは寂しくないか?」

「離れていくって……別にそんなことないでしょ。これまで通り配信はするし、もしかしたらもっと頻度も増えるかもしれない」

 有明さんの口調が少しだけ変わる。ようやく俺との気持ちの違いに気づいたのかもしれない。俺たちの間に不穏な空気が流れる。


 俺の中にあるこの違和感をどう説明すれば分かってもらえるだろうか。俺は必死で言葉を探しながら答える。

「俺たちが好きになった森野は俺たちのような日陰者にも同じように手を差し伸べてくれる……かは分からないけど、少なくとも寄り添ってはくれるような森野だから」

「別にファンが増えたからって森野さん自身が変わる訳ではないじゃん。それは昨日の配信聞いてたら分かるでしょ?」

 有明さんは多少苛ついたように言う。俺の言葉は伝わっていないようだ。

 確かに森野自身が変わるわけではないというのは分かる。しかし一体何て言えばいいのだろうか。


「それはそうだけど、何というか、森野には大勢の人ではなく俺たちのような人を相手にして欲しいというか……」

「え、何それ。もしかして月岡君って推してるアイドルとかがメジャーになると急に醒めたりアンチになったりするタイプ?」

 有明さんは露骨に軽蔑したように言った。


 それを聞いて俺は衝撃を受ける。言うまでもなく、俺自身もネットでそういうタイプのアイドルなどのオタクを見ると心の中で軽蔑や嘲笑してきた。アイドルを勝手に自分のものだと思い込み、メジャーになったら勝手に自分の元から離れていったと思い込み、裏切られたと言ってキレる。そういう奴らはいわゆる厄介オタクで、人としてああはなりたくない、という思いだった。

 だが今の自分を鑑みるに、どう考えても俺もそんな厄介オタクの一人になりつつある。


 いや、待て、違う。世の中の厄介オタクとは違って、俺には仕方のない事情がある。今の俺には今までの森野がいてくれないといけないんだ。

「違う、そういうことじゃなくて、森野は今まで俺たちのような人を助けてくれた。だから最後まで助けてくれないといけないというか……あれ?」

 くそ、自分で言っていて自分の気持ちがうまく言葉にならない。俺が言いたいのはこんなことではないのに。

 そんな俺の言葉を聞いて有明さんの表情はさらに険しくなる。次第に言葉に含まれる棘も鋭くなっていく。


「やっぱり月岡君って勝手に森野さんのことを自分のものだと思ってたタイプでしょ。それは本当に引くんだけど。普通推しが前に進もうとしたら気持ちよくそれを応援するのがファンってものじゃないの?」

 それは本当にそうだ。でも

「だけど俺たちは……」

「大体さっきからやたら主語を“俺たち”にしてるけど、そう思ってるのは月岡君だけでしょ? 大体のファンは森野さんのファンが増えたら嬉しいし、もっとコラボとかもして欲しいって思ってるし、森野さんが頑張ろうって思うことなら応援すると思うけど」

 苛々してきたのか、有明さんは食い気味に反論する。

 だが本当にそうなのか? 本当に俺と同じことを考えているファンは少数派なのか?


「でも、コメントとか見てても何人かはいるだろ……」

「何人かでしょ。そういう厄介なファンって大体声が大きいって決まってるから多く見えるだけ。どうせその数人だけだって。でもその数人しかいない厄介に知り合いが入ってたっていうのが最悪」


 有明さんの言葉に俺の苛々は爆発した。

 大体こいつに森野の何が分かるって言うんだ。

 俺より古参だから自分の方が分かってるアピールか?

 大体俺のことを厄介オタクとか言ってるが、自分は何様だと言うんだ。

 お前は森野のことを本当に理解してそんな偉そうなことを言っているのか?


「は? さっきから好き勝手言ってるけど、お前に森野さんの何が分かるって言うんだ? あのコラボのとき森野が選んだあのお便りと、それに対する森野の言葉の意味もまるで分かってなかっただろ?」

 俺の言葉に有明さんは渾身の失望と軽蔑をないまぜにした表情になる。


「あーはいはい、自分だけは本当の森野さんのこと分かってますってやつ? 自意識過剰もいいところなんだけど。本当それ厄介オタクの特徴だから」

 有明さんの言葉はぐさぐさと俺の心に刺さっていく。俺は何でもいいから反論しようと思ったが言葉が見つからない。残念ながら彼女の言葉はある程度真実を言い当てていたため、俺は怒りが収まらないながらも反撃に移ることが出来なかった。


「あーあ、本当最悪。私もう行くから」

 有明さんはそう言って席を立つと振り返りもせずに歩いていった。

 俺はそんな厄介オタクとは違うはずなのに。なぜかどんなに考えても俺と厄介オタクを区別するうまい理由は見つからなかった。

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