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陰キャの王  作者: 今川幸乃
闇
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10/18

乖離(後)

『今後もコラボとかしていく感じになるの?』


「どうだろう、今回もたまたま誘われただけだからな。私実は他のⅤライバーさん、サイレントで結構見てるんだけど、特にコメントしたりツイッターでリプしたりしてる訳じゃないから何の交流もないんだよね。ほら、ファンだけど認知されたくないっていうと変か。私はⅤライバーだから特にコメントとかすると目立っちゃうし、でも別に売名目的と思われるのが嫌だというよりは、純粋に個人として認知されたくないというか……」


 森野の言っていることは曖昧だったが、何となく分かる。Ⅴライバーはかなり視聴者との距離が近いことが一つの良さがあるが、それでも本当に好きな人には近づくのが恐れ多いみたいなそういう何とも言えない感覚がある。


『あー、分かる』

『俺も個人として認知されたくないから「草」しかコメントしない』

『え、俺は認知して欲しいけど』

『やばい、全く分からない』


 これについては反応は真っ二つに分かれる。少数ながら『どっちでもいい』『気にしない』派もいた。


『他にはどんなⅤ見てる?』

「やっぱりバーチャルライブとかドリームプロジェクトとかが多いかな。みんな超人気だしコミュ力高いから正直私から絡みに行くのは無理」


 ドリームプロジェクトというのもバーチャルライブ同様、多数のⅤライバーを有する企業である。確かに登録者数が違うと話しかけづらいという気持ちは何となく分かる。登録者数が少ない人が売名目的で絡んでいると思われるかもしれない、というのを森野は否定したが実際そういうところはあるだろう。


『確かに登録者の桁が違うからなー』

『無理せんでええよ』

『陰キャと陽キャが下手に交わると対消滅するからな』

『自分のペースでやってこ?』


「ごめん、そこ同意するところじゃなくて『そんなことないよ、森野さんならいけるよ』て言うところなんだけど」

 森野がわざとらしく憮然とした声を出す。ただ、みんなは気遣ってるだけというか今まで通りがいいというのもあるのではないだろうか。


『いや、俺森野ならいけるって信じてた(棒)』

『そんなことないよ、森野さんならいけるよ……これでいい?』

『とりあえず陰キャの姫から陽キャの姫に改名する?』

 こいつら一体感すごいな。

「だから私陰キャの姫は別に自称してる訳じゃないから改名も何もないって。まあ振り返りもしたし、後は適当にお便り読んだりコメント拾ったりして雑談しようかな。じゃあ一通目、サスケさんから『大学一回生です。同じサークルに気になる女の子がいます。大勢でいるときは普通に遊べるんですが、その女の子と二人きりになってしまうと緊張して急に話せなくなってしまいます。どうやったらうまく話せるようになるでしょうか? また森野さんは配信で緊張などしますか?』とのこと」


 森野の配信にしては珍しいお便りだな、と思った。普段あんまりこういう普通の青春っぽいメールは届かないか、もしくは森野が選んでいない。どっちなのかは分からないが。


『分かる』

『大学生なんてヤることしか考えてないって思えばいいよ(最低)』

『多人数で話してるときに無難な話題見つければ良くない?』

『すでに二人きりになるところまでいってるとか有罪じゃん』

『同じサークルなんだったら共通の話題あるでしょ?』

『共通の友人を作って三人か四人ぐらいから始めてみたら?』

『どうせ飲みサーかヤリサーだろ』

『何かコメント欄物騒だな』

『贅沢な悩みだな。俺、まずリアルで人と話せないんだが』


 コメント欄には様々なコメントが流れる。新規リスナーや既存リスナーでも比較的穏健派の人は無難なコメントをしているが、森野の『陰のオーラ』に引き寄せられて集まった陰キャたちは物騒なことを言っている。

 俺は特に何もコメントしなかったが、心の中では後者に共感していた。こいつら(俺もだが)は大学の陽キャ的部分に怨念を抱いていると言っても過言ではない。というかなぜ森野はこんなお便りを選んだのだろうか。

 やはり前回のコラボをきっかけに森野は変わってしまったのだろうか。そんな疑念が俺の心をよぎる。


「コメント欄荒れてるね~。あとサークルに入ってる大学生がみんなそういう目的みたいな偏見やめて欲しいんだけど……まあ私は高校生だから関係ないけどね。はい、まず私が配信で緊張するかどうかだけど最初のころは当然したよ。毎回リスナー減っていかないか心配だし、時々クソみたいなコメント来るし、元々しゃべるの得意じゃないし。これ配信してる時しか参考に出来ないけど私は話に詰まったらとりあえずコメント音読して時間稼ぐよ」


 コメントは結構な量が流れていくので、コメントを読まずにコメントに対して受け答えするとどのコメントへの受け答えなのか分かりづらい。

 また、配信をコメント欄を開いて見ている人ばかりではなく、作業の背景で流していたり、運転中などに音だけ流していたりする人もいるのでコメントを読み上げるのは視聴者への配慮でもある。

 あと、単純に音読されるとコメントを打った人も嬉しいという意味もある。


『リアル会話で何の役にも立たないアドバイスだなw』

『俺もテキストチャットならコミュニケーション最強なんだよなあ』


「最近はあんまり緊張しなかったけど、コラボの時は緊張したかな。あと、今日も急に人が増えてて緊張した。しかも今までと違うところから来た新規さんだから配信も入りやすいようにしたいなって。それで一通目もありきたりなお便り選んだってところはある」


『ありがとう(初見)』

『森野の好きなようにやってくれて大丈夫だよ』

 そうか、やはり今までと違う雰囲気のお便りは意図的に選んでいたのか。ただ、確かに新しいリスナーが増えたからと言って森野本来の得意分野から外れて一般受けするようなネタを選ぶのはどうなんだろうか。違和感で胸がぞわぞわする。

 今のコメントでも「好きなようにやってくれて大丈夫だよ」というものがあったが、俺もそう思った。


「まあそれはいいや。それで気になる女の子と話せるようになりたい、か。残念ながら私には気になる人みたいな存在は一切いないから実体験に即したアドバイスは出来ないんだけど、高校入試の時の面接の話をするよ。代わりになるかは知らないけど」

 まあ、緊張するという意味では同じだろう。そこは森野らしかった。


「私みたいなコミュ障は基本的にそういうのいつも緊張するから面接の時は一つ対策を考えていった。そういうのって別に緊張してもしょうがないとか、普通に話せば何話しても受かるとか考えても、理屈じゃなく緊張するんだよね。で、そのときからすでにⅤライバーは見てたんだけど、直近の配信で一番おもしろいと思ったシーンをいくつかメモして、面接会場で面接の前に見た。で、面接始まってから、頭の中で一回それを再生する。これで緊張は解けたけど、思い出し笑いだけは気を付けて。笑いそうになるから」


『草』

『草』

『草』

『じゃあ俺は図書室で「存在と時間」読んでた話で面接してくるわ』


 やはり選ぶお便りが変わっても森野は森野だった。今の短い話で俺はそう思わせられた。

「その話はもう忘れてくれていいよ? まあ今日の配信の初めで私がしたのがいけないんだけど。じゃあ気を取り直して次。ペットボトルの蓋さんから。『おはようございます、前回のコラボから見始めました。突然ですがもうすぐ幼なじみが誕生日を迎えます。プレゼントを送ろうと思うのですが、女性として森野さんはどんなものをもらったら嬉しいでしょうか? ちなみに彼女も僕と同じようにインドアオタクです』とのこと」


『幼なじみってラノベとギャルゲーにしかいないものかと思ってた』

『幼なじみ(妄想)ていうオチであって欲しい』

『俺の幼なじみは大分前にギャルになって陽キャ集団にいったんだが』

『インドアオタクの幼なじみとか絶対に許さない。〇ね』


 相変わらずコメント欄は阿鼻叫喚だった。あまり頭に入ってこないがこれらのコメントの間に無難なコメントも一応はさまってはいる。


 ちなみに俺も幼なじみ(特に異性)というのは創作の存在であると思っていた。いや、もちろん幼なじみが実在しているのは知っているが、ラノベに出てくるような主人公のことをずっと好きでいるタイプの幼なじみが創作だと思う。似たようなことは妹キャラにも言える。

 俺は断言する。現実世界にブラコンの妹などいない。そして主人公を全肯定してくれるようなヒロインもいない。


 それはともかく、俺の気持ちもかなり阿鼻叫喚だった。こちらとしてはここに来れば救いが得られると思って配信を聞きに来ているのに森野は俺たちのようなそういう切実な者たちではなくこんなどうでもいいやつのお便りを読むのか。

 そんな自分の気持ちを良くないな、と思う自分もいない訳ではなかったが、どろどろする感情に押されてどんどん小さくなっていく。


『贅沢な悩みだな。俺は幼なじみは小学校卒業とともに絶縁したっていうのに』


 ふと一つのコメントが流れた時森野の顔つきが変わったような気がした。ライブ2Dだからそんなことは実際ないのだろうが。それでも何か空気のようなものが変わった気がする。何がどう変わったのか言葉では説明できないが、一瞬張りつめたというか、雰囲気が強張ったような感覚が襲った。

 例えるなら、怖い先生の前でクラスのお調子者の生徒が何かをやらかしたときのあの感じに似ているかもしれない。


「これは私の意見なんだけど、私は人の悩みに貴賤はないって思ってるんだよね。例えば前にニートで親のすねをかじって引きこもってるけど人生どう生きたらいいか分からないみたいな人がいて、客観的に見たら甘えた人かもしれないけど、それでも本人は真剣に悩んでいる。人が自分じゃない誰かの悩みを本当の意味で理解することがない以上、誰にとっても自分の悩みは重要なことだと思う。何が言いたいのかというと、私は、何か崇高な目的を達成しようとして悩んでいる聖人みたいな人の悩みも、ニートで親のすねかじってる人の悩みも、幼なじみの誕生日プレゼントの悩みも、平等に尊重するよってことが言いたい」


 森野はいつも通りの口調で語ったが、その言葉は確かにこれまでの彼女の配信スタイルを表しているようで、俺は結構腑に落ちた。と同時にどろどろした俺の心をすっと冷やすものがあった。


 正直俺の今の境遇も他人から見れば必ずしもそこまでひどいとは言えないかもしれない。やる気が出ないというのはあくまで俺の心の問題に過ぎないのだから。それでも森野は平等に悩みを掬い上げてくれていた。それなのにいつの間にか俺は、自分だけが特別な存在なのではないかと思い込んでいた。


 先ほどは森野は無理に新規リスナーに合わせているのかもしれないなどと思ったが、実際のところそういう訳ではないのかもしれない。言うなれば森野は何色にも染まる透明のような存在で、今まではたまたま俺たちのような陰のオーラに染まっていたというだけだったのかもしれない。


 ただ。


 それでも俺は納得できないところはあった。確かに森野にとって全ての悩みは同じように尊重されるべきものなのかもしれない。だが、いわゆる『普通の悩み』は森野以外のⅤライバーでもいくらでもお悩み相談や雑談で拾ってくれることがある。


 しかし今の森野のコアなファン層のように人生をこじらせたような人たちの悩みは森野にしか拾うことが出来ない。それでも森野は俺たちのことを選んでくれないと言うのだろうか。もし自発的に森野がそちらの道を選んだと言うのであれば、俺たちは捨てられたということになるのではないか。俺はそんなことを思いつつ残りの配信を聞いていた。


 配信が終わった後、森野へのメールを開きかけて俺は手を止めた。元々俺たちは森野にとって一リスナーに過ぎない。そんな俺が自分を尊重して欲しいと思うなんてことを考えるのは傲慢だし、迷惑である。この時は俺はそう思った。

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