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人を呪わば  作者: うたう
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運命の再会

 裏のドリームランドにまりやを連れ込んでやろうと企むようになって、僕の見る夢は悪夢へと傾いていった。遊園地には特別な力があるとラビーに聞いたとき、僕は即座に復讐を考えたのだ。

 僕のかつての恋人、沢本明子は、岩井まりやに殺された。

 まりやが明子のことを嫌っていたのは知ってた。けれど、明子のことが嫌いだったのではなく、明子が僕の恋人だったから嫌ったのだと思う。幼い頃からまりやが僕に好意を抱いてくれていたことには気づいていた。まりやは美人だし、悪い気はしなかったが、それだけだった。

 まりやに意地悪く当たられることに明子は悩んでいたが、僕はさほど問題視しなかった。時間が解決することだと思っていた。「根は悪いやつじゃないから」と僕が言うと、「涼平君がそう言うなら」と我慢してくれた。

 でもそれが間違いだった。ある日突然、僕は明子にふられ、明子はその数日後にこの世を去った。校舎の屋上から身を投げたのだ。遺書はなかった。死にたくなるくらい、まりやとの関係に苦悩していたのか、あるいは別の悩みがあったのか、そのときの僕にはわからなかった。ただ支えてやれなかったことをひたすら悔いた。そして情けないことに僕は明子の死に背を向けた。明子と一緒に通おうと言っていた大学ではなく、県外の大学に進学した。実家に帰ると明子のことを思い出すので、滅多に帰省はしなかった。大学を卒業して、そのままその県外の企業に就職した。それから三年が過ぎ、明子のこともいくらか心の整理が付き始めた頃、久々に帰省した。そして空きこの仏前に線香をあげに行ったとき、明子の死の真相を知ったのだ。

 秋この両親は、明子の部屋の本棚の裏から見つかったという日記を見せてくれた。日記には、僕のことも書かれていた。僕への恋心や、僕とのデートのこと、僕と行きたいところなど、呼んでいて涙が溢れてきた。でも日記の最後のページを読んだとき、僕の涙はすっと引いた。沸々と怒りが込み上げてきた。

 明子は犯されたのだ。まりやに呼び出されて行った先で、待ち伏せていた男たちによって。日記には、悪い夢を見ただけだとか、女性の地位が低かった時代には頻繁にあっただろうことだとか、明子自身に言い聞かせるように書いてあった。両親や僕に気づかれないように、知られないように過ごしているうちに、きっとすっかり忘れてしまえる、と。でもそんなことは到底無理な話だったのだ。

 明子が自殺した理由を知って以来、僕はまりやに復讐をしたいと願っていた。明子のための仇討ちだなんて言うつもりはない。僕は、僕自身のために復讐をしたかったのだ。その証拠に僕は時折悪夢を見るようになった。僕の心が穢れたということだ。

 でももしもレイプがまりやの仕組んだことではなかったらと思うと、僕は復讐を思いとどまることができた。幼馴染であるまりやをどこかでまだ信じたかったのかもしれない。

 だから遊園地の持つ特別な力は、復讐に打ってつけだと思った。まりやの心が清く、レイプを仕組んだりしていなければ、まりやは悪夢に悩まされることはないのだ。

 問題はまりやをどうやって裏野ドリームランドに連れていくかだった。ネットでドリームランドのことを調べてみたが、何もアイデアは浮かばなかった。七不思議めいたうさ我があるようだったが、まりやは肝試しに乗ってくるような性格ではない。ドライブに誘って、適当に走らせたふうを装って、そのままドリームランドまで行くのがいいかもしれない。

 とにかくまりやとの再会を果たさなければ始まらない。実家の母親に電話して、それとなくまりやのことを訊き出した。まりやは実家を出ることなく、変わらず隣家で暮らしているそうだ。僕は母に、近々出張で地元に戻るから、そのときは実家に寄ると伝えて電話を切った。

 休みを取って地元へ帰った。スーツ姿でまりやの勤め先付近に赴き、近くの喫茶店に入った。喫茶店の窓からまりやの職場であるビルの出入り口がよく見えることを確認した。就業時刻近くの夕方にまた戻ってくるつもりだった。まりやの姿を見つけたら、喫茶店を出て、まりやとすれ違う。そんな計画だった。まりやの実家に訪ねていってドライブに誘うよりは偶然を装って再会したほうが、まだ誘いに乗ってくるのではないかと考えたのだ。

 しかし再会は、思いの外、早く果たせた。どういう口実を以って、まりやをドライブに誘うか考えながら、その喫茶店で遅めの昼食を取っていると、店にまりやが入ってきたのだ。まりやはすぐに僕に気づいた。僕はまりやに向かいの席を勧めた。

 まりやは僕に逢いたかったと言って泣いた。僕も逢いたかったと返した。僕はまりやと再会するためにやってきたのだ。自然と笑みがこぼれた。何年も顔を合わせていなかったのに、好きだったと告げられたのには驚いた。瞬時にドリームランドのメリーゴーラウンドのことが思い浮かんだ。明かりを灯して独りでに廻ることがあるという噂があった。その噂に「一緒に見ることができたカップルは永遠の愛で結ばれる」というフレーズを付け加えて、僕はまりやをドライブに誘った。まりやは僕のことを運命の人だと思っているようで、自信あり気に「絶対に見られるよ」と言った。

 想定よりも早くまりやと会えたため、予定より早く実家に帰った。母親への挨拶もそこそこに、僕が実家を出てからもそのままにしてもらっている自室に足を運んだ。昔着ていた夏服を箪笥から引っぱりだした。どれも襟のない服だった。一つ選んで着替え、鏡の前に立ってみる。やはり首元の痣が目立った。まりやをドリームランドに連れていくことを考えるようになって以来、毎晩、僕は悪夢を見るようになった。悪夢はいつもラビーにナイフを突き立てられ抉られたところで終わる。痣のある位置は、夢の中で刺されたところと一致している。痣はスカーフを巻いて隠すことにした。


 ドリームランドへ向かう車中、まりやはよくしゃべった。耳障りなくらいしゃべり続けた。気のない返事であしらっていたことに腹を立てたのか、突然まりやに頬をつままれた。ハンドル操作を誤りそうになって、僕は本気で怒鳴った。まりやが黙ったのはその一瞬だけだった。鬱陶しいくらいまりやは口を開き続けた。

 ドリームランドに着いて、すぐにメリーゴーラウンドのほうへ足を向けた。メリーゴーラウンドの前でしばらく待ってみたが、廻らなかった。所詮は噂。そんなものだと思った。

まりやはそう簡単には割り切れないようで、メリーゴーラウンドの作動ボタンを押してみたり、何とかメリーゴーラウンドを動かそうと足掻いていた。それでもメリーゴーラウンドは廻らなかった。どんなに待ってもメリーゴーラウンドは動き始めたりはしないだろうと思っていたが、あと五分だけ待ちたいというまりやの言葉に反対はせず、たっぷり十分くらい待った。そのほうがドリームランドの不思議な力が、しっかりとまりやに浸透するように思ったのだ。

 翌日から今度は海外へ出張に行かなければならないと伝えてあったので、帰ろうと言ってもまりやは文句を言わなかった。それでも後ろ髪を引かれるようであったので、メリーゴーラウンドが廻ろうが廻るまいが二人の関係は変わらないと言ってやった。それを聞いて、まりやははにかむ仕草を見せたが、そう、天地がひっくり返ったとしても、僕とまりやが結ばれることはないのだ。

 帰ろうとした瞬間、驚いたことにメリーゴーラウンドが廻りだした。不意に涙が零れたのは、復讐を成し遂げた気がしたからだ。

 その晩、まりやが悪夢にうなあされたのかどうかは知らない。もう会うつもりはなかったし、連絡を取るつもりもなかった。

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