永遠の愛
裏野ドリームランド自体はとうの昔に廃業していたけれど、施設そのものは解体されずに残っているらしい。当然、もう営業はしていないが、メリーゴーラウンドは、回路の接触の具合かなにかなのか、どういうわけか、明かりを灯して廻りだすことがあるのだとか。そして、その光景を目にすることができたカップルは永遠に結ばれるというジンクスがあるのだと涼平は教えてくれた。涼平にそのメリーゴーラウンドを見に行かないかと誘われて、まりやは二つ返事で了承した。
「絶対に見られるよ。だって、あたしたち、運命で結ばれてるんだもん」
どんなに寄り道したって最後にたどり着くところ、それが運命だとまりやは思っている。
涼平とは四歳の頃に出逢った。だからいわゆる同学年である涼平も当時四歳だった。隣家に越してきた天野家が挨拶にやってきたとき、涼平もそこにいた。まりやは涼平に一目惚れした。涼平のどこが良かったのかと聞かれても答えられない。まりやには涼平しかいないと幼いながらも直感したのだ。涼平も同じように感じていたに違いない。
でも近すぎたのだと思う。高校生の頃、涼平は寄り道をした。まりやではない、顔も名前も地味な女と付き合い始めたのだ。だけど運命に逆らった関係は、二週間ほどで破局した。そのことを知って、涼平にはやはり自分しかいないのだと感じた。
幼稚園から高校まで、涼平とはずっと一緒だった。大学も同じところに通えるように、涼平の第一志望の大学を受験した。まりやも涼平も無事に合格した。でも涼平は実家から通えるその大学ではなく、なぜか県外の少しレベルの落ちる大学に進学した。大学時代の四年間、涼平はほとんど実家には帰ってこず、そのまま他県の企業に就職してしまった。どうして涼平は運命に抗うのだろうかと腹を立てたこともある。涼平とともにある未来が思い描けなくなって泣き明かしたこともある。大学の頃と社会時にになってからも、まりやだって何人かと寄り道をした。でもどの人ともすぐに終わった。運命ではない関係はやはり長続きしなかった。
涼平は運命の人だ。固くそう信じていたって何年も逢えないでいると弱気になってしまう。でもまりやがそう信じたように、涼平とは確かに運命で結ばれていたのだ。その日は午前中の仕事が押してしまい、昼食を取るタイミングを逃してしまった。社員食堂の営業時間を過ぎてしまっていたため、仕方なく近所にあるカフェで遅めの昼食を取ることにしたのだ。そうしてたまたま入ったカフェに涼平がいたのだ。
「涼平!」
まりやは思わず叫んだ。涼平は驚いていた。
促されて、涼平の向かいに座った。
涼平は出張で地元に戻ってきていたのだ。涼平が何気なく訪れたカフェで、思いがけず遅い昼食を取ることになったまりやと再会する確率は一体どのくらいだろう。感極まって、まりやは泣いてしまった。
「ずっと逢いたかった。ずっと好きだった」
ようやく想いを告げることができた。
涼平は「僕も逢いたかったよ」と笑った。
翌日には海外出張が控えているらしく、涼平は、その日のうちに帰らないといけないらしかった。でも最終の新幹線に乗ればいいからと言って、その夜のデートに誘われた。それで裏野ドリームランドにメリーゴーラウンドを見に行こうという話になったのだ。
終業時刻になるとそそくさと帰宅した。長年夢に見た涼平との初デートだ。精一杯のお洒落をした。涼平も同じ気持ちだったようで、首にスカーフなんか巻いてめかし込んでいた。
涼平の実家の車を借りて、山の麓にある裏野ドリームランドに向かった。
涼平が運転する車の助手席にまりやは座っている。かつて妄想した未来だ。子供の頃から涼平は口数が少なかった。だから妄想の中の涼平も寡黙だった。実際も妄想の中と同じようにあまりしゃべらない。会話の九分九厘はまりやが話し、涼平は時々「うん」や「それで?」と言った合いの手を入れるだけだった。それが妄想通りで可笑しくて、堪えきれなくてまりやは笑ってしまった。
怪訝に思ったのか、涼平に「どうかした?」と訊かれた。
「夢にまで見た光景と同じで、なんだか可笑しくて。ねぇ、夢じゃないよね?」
「ああ」
「ほんとに?」
まりやは涼平の左頬を強くつねった。そのはずみで車が左に振れた。
「おい! 危ないだろ!」
涼平に叱られたこともなんだか嬉しかった。
ドリームランドが近づくと道路は広くなり、街灯が増えた。栄えていた頃のかつての面影を思わせるが、整備が行き届いておらず、街路樹は無造作に生い茂っていて、街灯も切れているものや点滅しているものがいくつもあった。
ドリームランドの駐車場には、一台も車は停まっていなかった。カップルの運命を占うスポットであるのだから、すでに何組ものカップルがいるものだと思っていた。九時前だったからだろうか。ピークを迎えるのはまだ遅い時間なのかもしれない。あるいはまだこのジンクスが広く知れ渡っていないことも考えられた。まりやも涼平から聞くまで知らなかった。いずれにせよ、他にカップルがいないことは喜ばしかった。まりやと涼平の永遠の愛を他のカップルと一緒に委ねることには抵抗があったのだ。
ドリームランドは暗かった。駐車場からメインゲートまで、メインゲートのその先にも照明らしき照明はなかった。施設そのものに電気が来ていなかったら、どんなに待ったってメリーゴーラウンドは廻らないと思う。
「電気来てるのかな?」
「どうだろうな」
涼平は意に介さず、ドリームランドの中へ入っていった。慌てて、まりやもゲートの回転アームを倒して、涼平の後を追った。
満月に近い月のおかげで園内の様子を窺い知ることはできたが、やはり園内に照明はないようだった。十数年前に閉鎖して、そのまま捨て置かれた遊園地であるのに、意外なことにあまり荒廃していなかった。施設や建物に塗装の剥げたところは見当たらなかったし、反対に暴走族のような輩によってなされた落書きも見当たらなかった。廃業はしているが、管理だけは続けられているのかもしれない。
涼平に導かれて、メリーゴーラウンドの前までやってきた。月明かりの下、白馬やそれにひかれた馬車の模型が見えた。メリーゴーラウンドも他の施設同様に綺麗な状態を保っていた。廻っても不思議ではない雰囲気があった。
五分経ったが廻らない。でもそんなに簡単に廻ったのでは、何か仕掛けがあるのではないかと訝ってしまう。ドキドキしながら、涼平とともにじりじりと待つ時間も愛しく感じられた。十五分が過ぎて、おかしいと思い始めた。メリーゴーラウンドは廻って、まりやと涼平の永遠の愛を祝福しなければいけないのだ。
まりやはスイッチを探した。無理やり動かしてやろうと思ったのだ。それで永遠に結ばれるだなんて言うつもりはなかった。動かないことを確かめたかったのだ。通電していなければ動かなくて当然だ。永遠の愛や運命、それら以前の問題だ。
まりやはメリーゴーラウンドのすぐ脇に電話ボックスのような箱型の施設を見つけた。案の定、そこは操縦室だった。緑色のボタンと赤いボタンが並んでいた。緑のほうが開始ボタンで、赤いほうは停止ボタンなのだろう。まりやは碧のボタンを押してみた。やっぱり動かない。念のため、赤いほうも押す。メリーゴーラウンドはうんともすんとも言わなかった。
「電気が通ってないみたいだね」
涼平はさして残念がることもなく「そうか」と言っただけだった。帰ろうと言う涼平を制して、あと五分だけ待つことを提案した。電気が流れていなくても、本当に運命だったら、メリーゴーラウンドに雷が落ちたりして、一瞬だけでもメリーゴーラウンドに電気が走ると思うのだ。月が綺麗に見える夜だ。雷は鳴りそうもなかった。仮に鳴って落ちたとして、メリーゴーラウンドが廻ったりするものだろうかとも思う。それでもまりやは諦めきれなかった。
結局、それから十分待った。でもメリーゴーラウンドは廻らなかった。
「そろそろ帰ろう。最終に間に合わなくなる」
涼平は翌日から二週間、今度は海外に出張に行く。出張に次ぐ出張だ。本来なら自宅に帰って、少しの間だけでものんびりしたかっただろうに、合間を縫って、いや、無理に時間を作って、まりやを連れ出してくれたのだ。そのことに感謝しながら、まりやは渋々頷いた。
「メリーゴーラウンドが回ろうが回るまいが、僕とまりやの関係は変わらないよ」
メリーゴーラウンドに執着していた自分が恥ずかしくなった。涼平が言うように、まりやと涼平の繋がりはメリーゴーラウンドごときに左右されるものではない。メリーゴーラウンドに任せるのではなく、一生かけて、まりやと涼平が永遠の愛で結ばれていることを照明すればいいだけのことだ。
踵を返した瞬間、背後から賑やかなメロディーが聞こえた。振り返るとメリーゴーラウンドが廻っていた。装飾のライトを点滅させ、ゆったりと廻っていた。淡いオレンジ色の光がとても幻想的だった。
涼平は涙を流していた。まりやはそんな涼平に寄りかかり、メリーゴーラウンドが止まるまで幸せを噛み締めた。
まりやと涼平の愛は永遠だ。
裏のドリームランドを舞台にした悪夢を見るようになったのは、その夜からだった。最初はよくある悪夢だとあまり気にしなかった。でも同じような夢が三日続くと怖くなった。次第に眠るのが恐ろしくなって、夢を見ずに眠る方法を考えた。深く寝入ってしまえば、夢を見ないで済むのではないかと思い、深酒して眠りに落ちてみたりもした。でも無駄だった。十分ごとに一度目を覚ますようにすれば夢を見ないで朝を迎えられるのではないかと考えもした。最初の二時間はうまくいった。でもその後、睡魔に捕まってしまって、結局、悪夢にうなされた。夢はいつも、まりやが右胸を抉られて終わる。その夢に呼応するかのように、まりやの右胸には痣が浮かんでいる。
海外出張中なのだから電話には出られないだろうなと思いながらも、涼平の声が聞きたくて電話をかけてみた。が、やはり涼平は出なかった。涼平は悪夢を見てやしないだろうかと心配になった。
ふと気になって、スマートフォンのブラウザを立ち上げた。「ドリームランド」と「悪夢」というキーワードで検索してみる。見つかったページの大半は、ドリームランドでの体験談だった。ドリームランドで迷子になったことや恋人にふられたこと、入場した瞬間に大雨に降られてほとんどのアトラクションが動かなかったことなど、ドリームランドが営業していた頃の思い出話が多かった。ただ検索結果の三ページ目以降には気になる記事がちらほらとあった。中でも気になったのが、裏のドリームランドに忍び込んだ友人の話というものだ。その友人はちょっとした冒険心からドリームランドに忍び込んだのだが、それ以来、毎晩ドリームランドの夢にうなされるようになったらしい。その後、その友人は精神病棟に入院することになったそうだ。手首には自傷行為を行ったかのような痣があったという。精神を病んでいたから同じような悪夢を見ていたのか、ドリームランドに忍び込んだせいでそうなったのか、ひょっとしたらドリームランドは心霊スポットなのかもしれないとその記事は結んでいた。
ドリームランドは心霊スポットなのだろうか。噂と言えるほど広まっていないが、まりやもネットにあった友人の話と似たような状態にあるのが不気味だった。痣があるというのも一致している。
涼平は悪夢にうなされてやしないだろうか。確かめたいが涼平とは連絡がつかない。涼平が帰国するまで、まだ五日もあった。涼平は悪夢に悩まされていないといいと思う。そして、ドリームランドは心霊スポットなどではなく、まりやが毎晩うなされるのもただの偶然であればと思う。ある晩、何の前触れもなく、どうということもない平穏な夢を見られたらと思う。
誰かがドリームランドに足を踏み入れて、何の曰くもないことを裏付けてくれたらいいのにと思った。不意に、同僚の三橋礼司の顔が浮かんだ。三橋なら打ってつけだ。まりやが頼めば、三橋はドリームランドに行くだろう。三橋はどうやらまりやに気があるらしかった。しかし、事あるごとにまりやの気を惹こうとする三橋のことが鬱陶しくて仕方がなかった。三橋がドリームランドに行って、悪夢にうなされるようになったとしたら、それはそれでいい気味だと思えるくらい、まりやは三橋のことが嫌いだった。どう言いくるめて、三橋をドリームランドに行かせようかと考えていたとき、何かが引っ掛かった。
またスマートフォンのブラウザを立ち上げ、今度は「裏のドリームランド」「メリーゴーラウンド」「永遠の愛」と入力してみる。
涼平はどうしてまりやをドリームランドに連れて行ったのだろうか。
検索結果に、涼平が言ったジンクスは見つからない。
あの日、涼平が首にスカーフを巻いていた理由が気になった。でもあの日の昼にカフェで会った涼平はスカーフなんか巻いていなかった。ボタンダウンのシャツにスーツを着て、ネクタイを締めていた。心なしか襟の高いシャツだったような気がするが、記憶が定かではない。




