第55話 火竜襲来
夜が明けた。
早朝の凛とした空気の中、第1部隊が陣を張っていく。
丘の上から、その様子を見ていたハルファスは風向きを気にしていた。
「まだ早朝ゆえ、山からの吹き下ろしの風が吹いているようである」
陣形が整ったところで、丘の上から1つ目の狼煙を上げる。
すると、第1部隊から何人かの兵士が陣の前へと出てくる。
一定の距離をとると、兵士たちは抱えた樽から獣の血を振りまき始める。
作業を終えた兵士たちが陣に戻るのを確認してから、丘から2つ目の狼煙が上がる。
折りしも太陽が昇ると共に風が止んでいたところへ、逆風が吹き始める。
魔法使いと精霊使いが、風魔法と風の精霊を使っているのだ。
南から北の山脈へと風が流れ続ける。
魔法使いたちは、千里眼を使用しながら山脈の方向を警戒する。
風を送り始めて間もなく、魔法使いたちから警戒の声が上がる。
「敵襲!竜の飛来を確認!全員持ち場へと戻れ!」
第1部隊では、陣列を再度整えなおし、均等な間隔で配置された魔法使いたちが魔力盾の展開に備える。
第2部隊でも、アマンが火竜の到来を部隊に伝える。
「火竜が現れました!皆さん、準備をお願い致します!」
丘の上に、にわかに緊張が走る。
黒い点のようだった姿は、瞬く間に巨大な体躯となってジルコニア草原の上空に現れた。
草原の上空から第1部隊を睨むように見ていた火竜だったが、大軍を見つめて残忍な笑みを浮かべる。
そのまま火竜は、大きく息を吸い込むような動作をとろうとした…
その瞬間、天空から巨大な隕石が雨のように降り注ぎ、火竜の身体を打ち付ける。
堅牢な鱗に守られた古竜といえども、体勢を崩し地面に降り立つ。
空中で衝撃を逃したのか、さほどダメージはないようだが、凄まじい怒りの咆哮を放つ。
竜の咆哮には魔力が宿るとされている。
魔力の低い者が、その声を聞けば恐慌に陥ると言われる。
第1部隊の大部分の兵士が、竜の咆哮により、まさしく恐慌に陥っていた。
将校たちが必死で陣を立て直そうとしている。
魔法使いたちは、流石に魔力が高いだけあって無事、抵抗したようだ。
一方、丘の上では《隕石召喚》を放ったハルファスが魔力枯渇により戦線を離脱。
天幕へと運ばれていた。
アマンは、父が天幕へ運ばれるのを見届けると、父の愛用している流星の杖を握り締め、再度戦場を見据える。
アマンが見たのは、いましも火竜が再び地面から飛び立とうとしているところであった。
作戦通りとはいかず、思ったよりもダメージを与えられなかったようだ。
撤退すべきか、逡巡するサブノック。
そこへアマンが火竜へ《隕石召喚》を放った。
再び天空から流星が火竜へと降り注ぐ。
今度は、力の逃がしようのない地面での直撃。
さしもの火竜にもダメージが多少見える。
溢れ出る魔力を感じながら、アマンは再度《隕石召喚》を放つ。
巨大な流星が容赦なく火竜の身体を打ち付ける。
3発も《隕石召喚》の直撃を受け、火竜の身体にも変化が見え始めた。
ところどころ鱗が剥がれ血が流れているだけでなく、右の翼が捥げかけているのである。
勝機と見たサブノックが、第2部隊へ突撃を命じる。
「よくやった、アマン!今こそ勝機だ!第2部隊、突撃!俺に続けー!」
軍馬を操り、先頭をきって走り出したサブノック。
他のメンバーも負けじと走り出す。
強大な魔法を2発も放ったばかりのアマンであるが、まだ力の漲りを感じていた。
否、その発散を求めていた。
「《極寒地獄》」
極大呪文を再び唱えたアマン。
全てを凍りつかせる吹雪が火竜を襲う。
身体全体を氷漬けにされた火竜だが、怒りの咆哮と共に身震いし、身に付いた氷を剥がす。
そこへ巨躯の獣が火竜を押さえつける。
シトリーが召喚した土の精霊王たる大地巨獣である。
ベヒモスは、火竜の上に乗ることで動きを押さえつけながら、その巨大な足で踏みつぶしを行う。
ベヒモスが優勢であった巨大な獣の乱戦は、シトリーの魔力切れにより唐突に終わる。
ベヒモスが精霊界へと戻ってしまったのだ。
しかし、その間に第2部隊の戦士たちが火竜へ肉薄することに成功。
サブノックとサロスが、息もぴったりに火竜の首の両側から斬りつける。
竜への特別効果を持つ魔剣を達人が振るったのである。
致命的といえる深い傷を負わせる。
それでも、怒りに任せて両腕の爪と強力な尾で周りの戦士を攻撃する火竜。
トロイが『守護戦士』の名に恥じぬ働きで、その攻撃を大盾で防ぐ。
しかし、大盾の範囲の外にいた何人かが爪に切り裂かれ、尾により叩き潰される。
エイミーとムラマサは、暴れ狂う火竜の攻撃をかいくぐりながら、しつこく右腕に集中して斬り付けていた。
2人の武器も竜への特別効果を持っている。
効果は絶大で、火竜の右腕はちぎれかけている。
怒り心頭の火竜が、至近距離からブレスを放つ。
しかし、そのブレスも火竜の顔の前で、アマンの放った《極寒地獄》と衝突する。
ブレスの余波で傷ついた者もいたが、サブノックとサロスはブレス直後の硬直状態を見逃さなかった。
再び2人で首に斬撃を放つと、口から小さな炎を吐いた火竜の首がゆっくりと身体から落ちていった。
首を失い、動かなくなった火竜を確認するとサブノックが良く通る声で勝鬨を上げた。
すると、第1部隊からも大歓声が上がる。
その場に力なく座り込む第2部隊。
結局、第2部隊に配属された王国騎士とサイラスの冒険者は、全て戦死という結果に終わった。
しかし、古竜と真正面から戦って、これだけの被害で済んだのは奇跡といってよい。
駆け寄ってきた将校に対し、サブノックが第1部隊も第3部隊に合流するよう指示を出す。
残った第2部隊の者で戦死者の埋葬を簡易的に行い、丘の天幕へと戻っていった。
『古竜が討伐される』
この報が、アイロニア領だけでなく、王国全土へとその日のうちに伝わっていくのであった。




