第6話 留学の理由
「お見合い結婚なんて、よくあることだと思っていたけれど……こんなのは、ひどすぎるわ」
沙紀の声は弱々しく、ほとんど消え入りそうだった。床に散らばったガラスの破片をぼんやりと見つめながら、彼女はかろうじて言葉を絞り出した。
「だからこうして、きちんと慰謝料を払って離婚してくれと頼んでいるんだ」
「小泉商事が業績不振だから?」
「それもある。あんたの祖父さんの病状がよくないらしいじゃないか」
拓也の言葉は、まるで天候を伝えるように事務的だった。
「なぜお前が何も教えてくれなかった? こんな大事なことを」
沙紀はかろうじて言い訳を口にした。
「教えられるわけがないわ。小泉家の身内のことですもの」
拓也は冷ややかに妻を見下ろしたまま、容赦なく言葉を続けた。
「お前は何のためにこの家にいるんだ? お前のおじい様がぽっくり逝って、小泉商事の経営権が反主流派に移ったら、西宮グループとの提携など早々に解消されるだろう」
「え……!」
沙紀は返す言葉もなく、ただ唇を震わせるばかりだった。
「これだから、お嬢様育ちは嫌いなんだよ」
麗奈が、甘く尖った声で横槍を入れた。その声には、優越感と嘲りが滲んでいた。
「お姉様には、この家の夫人なんて、とても務まらないわ」
沙紀は胸を刺されたように息を呑んだ。
「だからって、なぜ麗奈なのよ!」
拓也はわずかに肩をすくめ、淡々とした口調で答えた。
「お前だって薄々は知っていただろう。オレはもともと麗奈と付き合っていた。結婚するつもりだった」
「ええ、もちろん知っていたわ」
沙紀の声は虚ろだった。知っていたはずの事実が、今になってこんな形で突きつけられるとは思ってもみなかった。
「だが、西宮グループが経営危機に陥り、破綻寸前だった。そこで小泉商事との提携と引き換えに、適齢期のお前との結婚が仕組まれたというわけだ」
「斎藤不動産の麗奈の家は、提携を断って逃げたのよね」
「そうだ。そしてお前との結婚を邪魔しないよう、お前の祖父が条件を出した。麗奈を海外に住まわせるという条件だ。うちの親父が斎藤家に頭を下げて、留学という名目で彼女を遠ざけた」
「……そんな。嘘でしょう?」
沙紀の声はかすかに震え、信じられないという思いが顔に浮かんでいた。
麗奈は、穏やかな微笑みを浮かべながら告げた。
「おじい様に直接聞いてみるといいわ」
沙紀は夫と腹違いの妹の顔を交互に見つめた。
そして、麗奈はわずかに目を細めて付け加えた。
「生きていれば、の話ですけれどね」
その一言は、沙紀の胸に深く突き刺さり、静かに彼女の心を切り裂いた。




