第5話 叫び
沙紀は一瞬無表情になり、やがて我に返ると甲高い声で叫んだ。
「弁護士を呼んで!」
「藤田法律事務所の高木とは、すでに話を詰めてある。離婚の条件はすべて決めておいた」
拓也は書類ケースから別の書類の束を取り出し、床にへたり込んだ妻に無造作に差し出した。
「離婚すれば、オレの資産の半分はお前のものだ。法的な条件は十分に満たしている」
沙紀は青ざめた顔で夫を見上げ、かろうじて声を絞り出した。
「なぜ、そこまでして私を捨てるの!」
拓也はわずかに眉を寄せ、面倒くさそうなため息を吐いた。妻の取り乱した様子など、まるで眼中になかった。
「オレは最初から麗奈を愛していた。だが家業を守るために、親父があんたとの結婚を決めただけだ」
「だからって、こんなやり方、認めないわ!」
沙紀の声は震え、必死に抗議したが、拓也の表情は冷ややかで動じなかった。
「結婚するとき、オレも今のお前と同じように泣き叫んだよ。お前はむしろ嬉しそうだったがな」
沙紀は言葉を失い、床に散らばった食器の破片や、冷え切ったローストビーフの残骸をぼんやりと見つめた。わずか数時間前まで、彼女はこの食卓で夫に妊娠の喜びを伝えようとしていた。それが今や、惨めな離婚劇の舞台に変わっている現実に、胸が締めつけられた。
「そんな事情……知らなかったわ」
「ただの政略結婚さ。お前だって気づいていただろう。西宮グループと、お前の母方の祖父が経営する小泉商事との提携を担保するための結婚だった」
拓也の言葉は淡々と続き、沙紀の心を容赦なく抉った。三年間の結婚生活が、ただのビジネス上の取引に過ぎなかったという事実が、彼女の前に冷たく突きつけられた。




