第19話 謝罪
「沙紀、今回のことはすまなかった。心から謝罪する」
拓也は深々と頭を下げた。その動作は丁寧だった。だが芝居のようにも見えた。
「だが、少し俺の言い分も聞いて欲しい」
真剣な目を、沙紀に向けた。
「はじめに言っておくが、俺はお前のことを妻として愛している。そして三年間、尽くしてくれたことにも感謝している。だが、麗奈のことは別だ」
麗奈は拓也に体を寄せて抱きついた。
「お前も知っている通り、麗奈とはお前と結婚する前から付き合っていた。もちろん将来の約束もしていた。だが、小泉商事との提携に伴ってお前との縁談が持ち上がった。今思えば、断るべきだった。ビジネスと結婚は別だと」
拓也は一呼吸置き、続けた。
「沙紀、このまま結婚を続けてくれないか?」
沙紀は耳を疑った。
「俺がお前を愛しているのは本当だ。信じてくれ。結婚を続けてくれれば、言い分はすべて聞く。財産はお前のものでもある。不都合はないはずだ。それでいいだろう?」
沙紀の心が、わずかに揺らいだ。心の底から拓也が嫌いだったわけではない。むしろ、好きだったからこそ三年間、結婚生活を続けられた。
一方で、昨夜の母・久美子の言葉が頭をよぎった。あの計画通りに進めることが、自分と腹の子にとって最善なのではないか。
「そんなの嫌よ。それに、麗奈はどうするの?」
「麗奈は、愛人のままだ。それは認めてほしい」
「自分勝手すぎるわ」
沈黙が落ちた。
「あなたは、拓也のことが何もわかってないわ」
麗奈が鋭く言った。
「西宮グループを率いる拓也がどれだけのプレッシャーを背負っているのか、気がついてないの? 父親が早く亡くなって、拓也は御曹司として経営者の座に就いた。若造とかボンボンとか言われながら、一人で耐えてきたのよ」
麗奈は沙紀を睨みつけながら続けた。
「そしてあなたは、何も知らないくせにご婦人気取りで取り澄ましていた。拓也がかわいそうよ!」
彼女は拓也の腕を優しく握りしめた。
「私はただ、彼の傍にいてあげたかっただけ……」
「私たちが離婚してから、あなたが拓也と結婚すればいいでしょ?」
沙紀が、つぶやいた。
「俺はこの会社を守らなければならない。だから財産を失うわけにはいかない」
「そんなこと知らないわ」
沙紀が冷たく言った。
「兄貴、どうするつもりなんだ?」
悠真が、口を挟んだ。
「もう覚悟は決まっている」
麗奈が、強く拓也に抱きついた。
「俺は麗奈と、生死を共にすると誓っている」
「どういう意味?」
沙紀が驚いた顔をした。
「俺は麗奈と死ぬ。今すぐにでも構わない。それで離婚はちゃらだ」
沙紀は茫然とした。
拓也と麗奈は抱き合ったまま、キスをした。
本気にも見えた。芝居にも見えた。
「すでに遺言は書いてある。あとは悠真に頼む」
社長室に、冷たい静けさが広がった。
沙紀はただ、呆然とその光景を見つめていた。
愛なのか、打算なのか、脅しなのか。何が本当で何が虚飾なのか、沙紀にはもう分らなかった。




