第17話 決裂
社長室の空気が、一瞬で張りつめた。
「離婚の条件を話し合いに来たわ。家庭裁判所に離婚調停を申し込んでもいいわよ」
沙紀は冷たく言った。
「ふざけるな。もう離婚届を出しただろ!」
拓也は声を荒げ、椅子から立ち上がった。
「条件の話し合いは、まだ終わってないわ。読ませてもらったけど、まったく納得いかない内容だったから」
「そこの山田と、条件を詰めたはずだ」
拓也の視線が、沙紀の後ろに立つ弁護士に向けられた。
山田は一歩前に出て、抑揚のない声で告げた。
「沙紀様のご妊娠を、存じませんでした。相応の養育費が必要となります」
「なんだと……」
拓也の顔色が変わった。
「それから、あなたたちの不倫について訴えるつもりよ」
沙紀は、はっきりと続けた。
「ふざけるな! 麗奈とは以前から付き合っていた。だれにも咎められる筋合いはない!」
拓也の声が社長室に響いた。麗奈は拓也の隣で、薄く笑みを浮かべていた。
「裁判で話し合えばいいわ。証拠は揃えておいたから」
沙紀も笑った。
「それに麗奈だけじゃないでしょ。浮気の相手は、証拠があるだけでも十人はいるわよ」
母の久美子が、沙紀の結婚以来集めていた情報だった。
「俺をマスコミに売るつもりか?」
拓也は詰め寄り、沙紀の胸ぐらをつかんだ。
「お前なんてどうにでもできるんだ。分かっているのか?」
「ついに本音が出たわね。私は弁護士をつれているのよ」
沙紀は拓也の手を払った。声が震えていた。目は離さなかった。
「かまわない。弁護士一人ぐらい、どうにでもなる。俺を誰だと思っているんだ?」
「交渉は決裂ね」
そのとき、社長室に軽やかな声が響いた。
「兄さん、いい加減にしなよ」
義弟の悠真が、いつもの笑顔で立っていた。
部屋の空気が、少し変わった。
沙紀は夫だった男と、その弟と、腹違いの妹を順に見た。支えは、母の言葉と、腹の子だけだった。




