第15話 お義姉さん
夫の弟、悠真は沙紀の顔を見て、にっこり笑った。がっしりした体で、顔は真っ黒に焼けている。登山とヨットが趣味の、遊び人として知られる男だった。
悠真は沙紀を抱えたまま店に入り、店員に手短に事情を話した。奥まった席に座らせ、沙紀にはホットミルクティー、山田と自分にはコーヒーを頼んだ。
「こんなところで、どうしたんですか? 兄貴に電話しましょうか」
「あなた、知らないの?」
「何をですか?」
「離婚するのよ、私たち」
「え、何だって!」
悠真は目を丸くした。本気で驚いているように見えた。
「聞いてないの?」
「それで、弁護士の山田さんが一緒に来ているのか」
「そうなのよ」
「麗奈さんとの浮気が、バレたんだね」
「それもあるわ」
沙紀は、弱々しく微笑んだ。悠真の軽い調子に、わずかに心が軽くなるのを感じた。
「兄貴から慰謝料を、ふんだくるつもり?」
「まあ、そんなところよ」
悠真は、にやりと笑った。
「手伝ってあげます。それからぼくと結婚しませんか?」
明るい声だった。
「結構よ。話がややこしくなりそうだから」
「そうですか。残念だなあ」
悠真は大げさに肩を落として見せたが、目は楽しげに輝いていた。
お茶を飲んで、少し落ち着いた沙紀は立ち上がった。
「ありがとう。私は行くわ」
山田が続く。
店を出ても、沙紀の横を歩き続けた。
「付いてこないで」
「ぼくは職場に戻るだけですよ」
「しかたないわね」
悠真は沙紀の顔を覗き込んだ。
「まだ顔色が悪いですよ。抱っこしましょうか」
「いらないわよ!」
三人は、西宮ホールディングスの本社ビルに入った。
受付を顔パスで通り抜け、エレベーターの前で、悠真は手を振った。
「ぼくは、ここで失礼します」
扉が閉まる直前まで、明るい手の振りは続いていた。
エレベーターの中で、沙紀は息を吐いた。母の言葉を、自分に言い聞かせる。慰謝料を取る。子供を守る。いまは、それだけだと。




