第14話 駐車場
車の後部座席で揺られながら、沙紀は激しい吐き気を覚えた。
昨日、妊娠を知った。夫に離婚を突きつけられた。祖父は危篤になった。一夜で、人生が激変した。体調の悪さと重なり、落ち着く暇はなかった。
昨夜はほとんど眠れず、華奢な体が、今朝は特に重かった。
「大丈夫ですか?」
隣に座る弁護士の山田が、声をかけた。
「ええ、平気よ。それよりも、離婚届はどうなったの?」
「私が持っております。今朝、拓也様から預かりました」
山田は沙紀の顔色を見ながら続けた。
「それから、不受理申出の届けも出してあります。窓口では受理されません」
「そう。よかったわ」
沙紀は小さく息を吐いた。母の指示どおりに動けていることが、いまの心の支えだった。
車が信号で止まった瞬間、再び強い吐き気に襲われた。
「そこで車を停めて。気分が悪いわ」
運転手が振り向いた。
「西宮ホールディングスの本社ビルは、すぐそこですが」
「いいから止めて。吐き気がするの」
「承知しました」
運転手は素早くウィンカーを出し、手近なレストランの駐車場に車を滑り込ませた。
沙紀はシートに体を預け、目を閉じた。胸の奥がざわついていた。拓也に会う緊張。妊娠した体への不安。そして母と叔父に言われた「できるだけ多く慰謝料を取れ」という言葉。これらの三つが頭の中でぐるぐる回っていた。
沙紀はそっと腹に手を当てた。そこに宿った命だけが、今の彼女にとって確かなものだった。
吐き気が止まらない。沙紀は店に入り、トイレを借りることにした。
「お店に入るわ」
沙紀はドアを開けて外に出た。弁護士の山田が続いて車を降りようとしている間に、彼女はふらふらと歩き出し、めまいに襲われてその場に屈み込んだ。
頭の上から、声が降ってきた。
「大丈夫?」
「気分が悪いのよ。そこの店に入って休むわ」
山田だと思って返事をした。声の主は、通りすがりの人物だったらしい。
「なら、ぼくが連れていってあげるよ。この店の常連だからね」
大柄な男が、沙紀を軽く抱きあげた。顔を覗き込み、驚いた。
「沙紀お義姉さん……」
義弟の悠真だった。




