第12話 入れ知恵
敏明が、少しくだけた口調になって話をつづけた。
「ぼくだって驚いたよ。だけど仕方がない。ぼくか弟の勝也が相続すれば、必ず揉める」
「敏明と勝也は仲が悪いのよ」
久美子が補足した。
「会社は、私が社長として、今までの路線を引き継ぐ予定だ」
敏明は声を潜め、沙紀の顔を見た。
「沙紀ちゃんも知っているとは思うが、小泉商事の経営は芳しくない、と言われている」
沙紀は力なく頷いた。
「実はうちの経営は健全なんだ。ただ、一時的に資金繰りが詰っているだけだ」
敏明は沙紀をまっすぐに見つめた。
「それで、お願いがある。拓也君から受け取る慰謝料を、うちの会社に投資してくれないか?」
沙紀は呆然とした。
「もちろん、君にはうちの役員になって、経営に参加してもらう」
「いいでしょ? どうせ使い道のないお金なのよ」
母親の久美子が、当然のように言い添えた。
「私が経営に?」
沙紀の声は虚ろだった。祖父はまだ息をしている。それなのに慰謝料と遺産と会社の将来が、淡々と計算されている。
敏明は、声を落として続けた。
「うちは商社だが、現在の収益の柱は貿易ではない。海外でのインフラ投資だ。グローバリゼーションのおかげで、産業構造が大きく変わっている。それは、麗奈ちゃんの家の斎藤不動産も同じだ。今は海外の不動産投資で儲けている。だが、最近、競合する大きな案件が出てきた」
敏明は沙紀の顔を見つめながら言葉を継いだ。
「旧財閥の西宮グループが入札している東南アジアの案件で、駆け引きが続いている。西宮グループの判断次第で、わが社の方針も決まる」
久美子が口を挟んだ。
「それで、斎藤不動産の経営陣は、帰国させた麗奈をたきつけて、拓也を取り返そうとしているのよ」
「うそ……!」
沙紀の声が、かすかに震えた。
「もう一度、拓也と麗奈に会いたいわ」
久美子はすぐに答えた。
「明日、西宮の本社に行って慰謝料の交渉をしてきなさい。子供ができたこともちゃんと使って、できるだけ多くふんだくるのよ」
「だけど、私、もう離婚届にサインしたわ」
「役所に届けを出していないわ。それに拓也が自分で役所に行くわけないでしょ。弁護士が明日の朝、書類を預かるはずよ。そこで差し止められるわ」
久美子は力強く沙紀の顔を見た。
「離婚調停に持ち込むのよ」




