第8話 残された者たち
葵が魔の森で最初の夜を迎えていた頃。
王城では、残されたクラスメイトたちが訓練を受けていた。
「――もっと腰を落とせ!」
広大な訓練場に怒声が響く。
「そんな構えで魔物と戦えると思っているのか!」
騎士団総団長ガルドだった。
目の前には、剣を構えた高校生たち。
誰もが疲れ切った表情をしている。
「もう……無理……」
誰かが小さく呟いた。
その瞬間。
「何か言ったか?」
ガルドが振り返る。
「ひっ……」
「貴様らは魔王を倒すために召喚された勇者候補だ。そんな程度の根性で務まると思うな!」
ガルドは木剣を振り上げる。
「立て!」
「……はい!」
クラスメイトたちは震えながら立ち上がる。
ガルドにとって、彼らは「守るべき子供」ではない。
戦場に送り込むための戦力。
それだけだった。
そして、その訓練を拒否することなど許されなかった。
⸻
一方、王城の別の場所。
「ちょっと!そこ、まだホコリが残っていますよ!」
メイド長が声を張り上げて指摘する。
数人の生徒たちが、広い部屋の掃除をしている。
「す、すみません……!」
「はぁ……。あなたたちは戦闘に不向きなスキルと鑑定されたのでしょう?」
王女はその様子を見ながら扇子を開いて言う。
「なら、少しくらい王国の役に立ちなさい」
「でも、私たちは戦闘訓練も……」
「それが何?」
王女は鼻で笑う。
「あなたたちのような者が勇者になれると思っているの?」
生徒たちは何も言えない。
王女はその反応を見て、満足そうに笑った。
「勇者や聖女のような特別な力を持っているなら話は別だけれど」
「……」
「それ以外は、せめて召喚された者としての責任を果たしてもらわないとね」
⸻
そんな王国で。
湊と優奈だけは、比較的穏やかな生活を送っていた。
二人には専用の部屋が与えられ、食事も他の生徒より豪華だった。
そして何より――。
二人には、王国が期待する力があった。
「勇者様、今日の訓練はいかがでしたか?」
「まあ……それなりに」
湊は苦笑する。
勇者の力。
それだけではない。
元々運動神経も良く、クラスの中でも身体能力は高い方だった。
剣を握るのも初めてなのに、少し教えられただけで騎士たちが驚くほどの成長を見せている。
「素晴らしい成長速度です」
指導役の騎士が感心する。
「さすが勇者様です」
「……ありがとうございます」
湊は褒められながらも、どこか複雑そうな顔をしていた。
「みんなは……大丈夫なんですか?」
その言葉に、騎士が一瞬だけ表情を変える。
「皆さん、懸命に訓練されていますよ」
「そうですか……」
湊はそれ以上聞かなかった。
⸻
そして優奈。
「聖女様、こちらを」
「ありがとうございます」
優奈には、魔法や治癒についての教育が行われていた。
彼女は元々勉強もでき、物覚えも良い。
聖女のスキルとの相性も抜群だった。
簡単な治癒魔法なら、すでに使えるようになっている。
「素晴らしい……」
魔術師たちは口々に褒める。
「これほど才能のある聖女様は、歴史上でも珍しい」
「そんな……」
優奈は照れながらも、少し嬉しそうに笑った。
しかし。
ふと、葵のことを思い出す。
「……葵ちゃん」
小さく呟く。
魔の森へ送られてしまった少女。
あの場所がどれほど危険なのか。
優奈は詳しく知らない。
それでも、嫌な予感だけは消えなかった。
「……大丈夫かな」
二人は知らない。
自分たちが優遇されているその裏で。
他のクラスメイトたちが、不当な訓練と理不尽な扱いに耐えていることを。
そして。
魔の森へ追放された結愛が――。
二人の想像を遥かに超える速度で、力を身につけ始めていることも。




