第7話 初めての夜
「……痛い」
焚き火のそばに座り、葵は自分の腕を見つめていた。
ブラックウルフに襲われたときについた傷。
頬にも深い傷がある。
戦っている最中は必死で気づかなかったが、落ち着いてみるとかなり痛かった。
「……ちゃんと手当てしないと」
葵は傷を見ながら考える。
病院なんて、もちろんない。
救急箱もない。
「こういうときこそ……」
【検索】
葵はスキルを発動した。
《対象:外傷》
《推奨処置:洗浄・止血》
《周辺から治療に適した植物を検索します》
すると、近くの植物が淡く光った。
《ヒールリーフ》
《効果:外傷の治癒を促進》
「これ……薬草?」
葵は慎重に摘み取る。
さらに検索する。
《包帯の代用品を検索します》
少し離れた場所に生えている植物が表示された。
《白布草》
《用途:止血・傷口の保護》
「こんなのまであるんだ……」
葵は必要なものを集めた。
ヒールリーフを水で洗い、石で潰す。
そして、傷口にそっと塗る。
「……っ」
少し沁みる。
「痛い……」
それでも我慢する。
その上から白布草を巻く。
「……これでいいかな」
見た目は少し不格好。
でも、ちゃんと傷を覆うことができた。
頬の傷も同じように手当てする。
「よし」
これでひとまず大丈夫。
そう思った、そのときだった。
《経験値を獲得しました》
「……?」
突然、頭の中に無機質な声が響いた。
《ブラックウルフ討伐を確認》
《経験値を算出します》
《経験値を獲得しました》
《レベルアップします》
「え?」
葵の目の前に、次々と文字が浮かぶ。
《レベルが上昇しました》
《レベル:1 → 2》
《レベル:2 → 3》
《レベル:3 → 4》
「えっ?」
表示が止まらない。
《レベル:4 → 5》
《レベル:5 → 6》
《レベル:6 → 7》
《レベル:7 → 8》
「ちょ、ちょっと待って!」
最後に表示された数字を見て、葵は目を丸くした。
《現在レベル:8》
「……8?」
葵は呆然とする。
「一匹倒しただけなのに……?」
もちろん葵は知らない。
ブラックウルフは、魔の森の中では決して弱い魔物ではない。
現代日本で普通に暮らしていた高校生が、正面から戦えばまず勝てない相手。
だからこそ、その討伐によって得られた経験値は大きかった。
さらに転移したばかりの葵はレベル1。
最初のうちは、ほんの少しの経験値でもレベルが上がる。
その二つが重なった結果だった。
「……レベル8」
葵は自分の身体を見回す。
特に変わった様子はない。
けれど、なんとなく身体が軽い。
「これが……レベルアップ?」
ゲームみたいだ。
そんな感想しか出てこなかった。
⸻
その夜。
葵は木の根元に作った簡単な寝床へ入った。
焚き火の炎が、少し離れた場所で揺れている。
「……今日は、本当にいろいろあったな」
魔の森に捨てられた。
食べ物を探した。
魔物に襲われた。
そして――。
初めて、自分の力で魔物を倒した。
「……怖かった」
思い出すだけで身体が震える。
あの牙。
あの爪。
殺意を向けてくる目。
「……もう、あんなの嫌だな」
そう呟きながらも、葵は少しだけ笑った。
「でも……生きてる」
それだけで十分だった。
「【検索】があって……【暴食】もあって……」
そして、自分自身も少し強くなった。
「……明日も頑張ろう」
葵は目を閉じた。
そして、静かに眠りについた。
⸻
翌朝。
「……ん」
葵は目を覚ました。
朝の光が、木々の隙間から差し込んでいる。
「朝……」
身体を起こす。
そして。
「……あれ?」
違和感に気づいた。
「痛くない……」
昨日、狼に引っかかれた腕。
包帯代わりの白布草を外してみる。
「……え?」
葵は目を疑った。
傷が――。
完全に消えていた。
「…………」
頬も確認する。
そこにあった傷も、跡すら残っていない。
「……え?」
何度も触る。
痛くない。
傷もない。
「昨日、あんなに血が出てたのに……」
葵は混乱した。
薬草が効いた?
いや。
それだけで一晩で完全に傷が消えるなんて考えにくい。
「……もしかして」
昨日の出来事を思い出す。
《レベル:1 → 8》
「レベルアップ……?」
結愛は自分の身体を見る。
「レベルが上がったから……治ったの?」
確証はない。
でも、それ以外に思いつかなかった。
「……すごい」
葵は自分の腕を握る。
昨日までなら、傷を見るだけで怖くなっていた。
けれど今は――。
「ちょっとだけ……強くなった気がする」
葵は立ち上がった。
そして、空腹を感じてお腹を押さえる。
「……それより朝ごはん!」
少しだけ明るい声が、静かな森に響いた。
葵は食料を探すため、森の中へ歩き出した。
ほんの少しだけ昨日とは違う、自分に自信を持って。




