第37話 自己紹介
朝。
森の中に差し込む柔らかな光で、葵は目を覚ました。
「……ん……」
ゆっくりと身体を起こす。
まだ少し眠い。
葵はぼんやりと周囲を見渡し――昨日の出来事を思い出した。
「……そうだ」
昨日、倒れていた狼獣人を助けたのだ。
葵は慌てて、少し離れた場所を見る。
そこには、昨日助けた狼獣人が横になっていた。
「……」
葵はそっと近づく。
規則正しい呼吸。
胸がゆっくりと上下している。
「……よかった」
ちゃんと生きている。
それを確認すると、葵はほっと胸を撫で下ろした。
「昨日は本当に危なかったもんな……」
傷はまだ完全には治っていない。
けれど、昨日より顔色はずっと良い。
これなら大丈夫そうだ。
葵は静かに立ち上がった。
「……朝ご飯、作ろう」
⸻
葵は保存してある食材を取り出した。
「今日は……これにしようかな」
肉を細かく切る。
キノコも食べやすい大きさにする。
鍋に水を入れ、焚き火にかける。
肉を入れ、しばらく煮込む。
キノコとハーブを加えると、少しずつ良い香りが漂い始めた。
「うん……いい感じ」
葵が鍋をかき混ぜていると――。
「……」
背後から気配を感じた。
振り返る。
グレンが身体を起こしていた。
「おはようございます」
「……ああ」
昨日と比べれば、声にも力が戻っている。
「傷、大丈夫ですか?」
「ああ。昨日よりかなり楽だ」
「よかった……」
葵は笑顔になる。
「もう少しで朝ご飯できますから、ちょっと待っててください」
「……分かった」
葵は再び鍋へ向き直った。
やがて料理が完成する。
「できました!」
二人分を器によそう。
「どうぞ」
「……ありがとう」
グレンは匙を手に取り、料理を口に運ぶ。
柔らかく煮込まれた肉。
キノコの旨味。
ハーブの香り。
「……うまいな」
「本当ですか?」
「ああ」
葵は嬉しそうに笑った。
「よかったです!」
二人はしばらく黙って朝食を食べた。
そして、食事が終わったところで――。
グレンが口を開いた。
⸻
「昨日は助かった」
「え?」
「お前がいなければ、俺は死んでいただろう」
そう言って、グレンは葵を見る。
「俺の名前は――グレンだ」
「グレンさん……」
葵はその名前を頭の中で繰り返す。
「見て分かると思うが、狼の獣人だ」
「はい」
グレンはそれ以上、自分について語ろうとはしなかった。
葵も、無理に聞こうとは思わなかった。
昨日会ったばかりなのだ。
話したくないことくらい、きっとある。
「……あ!」
葵も慌てて自己紹介をする。
「私は一ノ瀬葵です!」
「……」
「葵が名前です」
「……?」
グレンが少しだけ首を傾げる。
「一ノ瀬が姓で、葵が名前です」
「……そうか」
「はい!」
葵は満足そうに頷いた。
⸻
「じゃあ、グレンさん。傷の手当てしますね」
「ああ」
葵は家の隅に置いてあるカゴへ向かう。
中には、これまで森で集めてきた薬草がいくつも入っている。
ヒールフラワー。
ブルーハーブ。
その他、〖検索〗で調べて集めた薬草。
葵はいくつかを取り出すと、石の器に入れてすり潰し始めた。
ゴリゴリ……。
「……」
グレンはその様子を眺めていた。
「昨日も思ったが」
「はい?」
「その薬草は、どこで手に入れたんだ?」
「この森です」
葵は何でもないように答えた。
「……」
グレンの眉が僅かに動く。
「違う世界から来たはずのお前が、なぜ薬草の知識がある?」
「ああ、それは……」
葵は少し考えてから答えた。
「これは私の〖検索〗というスキルを使うと、いろいろ教えてもらえるので」
「〖検索〗?」
「はい。それでちょっとずつ集めました」
グレンは考え込む。
「〖検索〗……聞いたことのないスキルだな」
「そうなんですか?」
「ああ」
グレンは薬草を見る。
「薬草以外にも使えるのか?」
そして、すぐに付け加えた。
「あ、いや。言いたくなければ無理に言わなくていい」
「え?」
葵は目を丸くする。
「全然大丈夫ですよ」
そう言って、葵は少し考える。
「えっと……対象を指定すると、薬草以外にも使えます」
「対象を指定?」
「はい。物とか、魔物とか……」
「魔物にも?」
「はい。でも、強すぎる魔物とかには使えないんですが……」
グレンは少し考える。
「……充分に強いスキルだな」
「そうですか?」
「ああ」
グレンはそれ以上聞かなかった。
葵もそれ以上説明することはなかった。
⸻
「じゃあ、傷を見せてもらってもいいですか?」
「ああ」
グレンが身体を見せる。
昨日当てた薬草を、葵が慎重に外していく。
「ちょっとだけ染みるかもしれません」
「構わない」
葵は水で傷口を丁寧に洗う。
昨日よりも傷の状態は良くなっていた。
「……うん」
葵は新しい薬草をすり潰し、傷口へ当てる。
その上から――。
「これで固定しますね」
葵は以前作っておいた布を取り出した。
服などを作るために集めていた、綺麗な布だ。
それを適当な幅に割いて、包帯のように使う。
ぐるぐると巻いていく。
最後にしっかり固定する。
「……できました!」
葵は満足そうに手を叩いた。
「違和感あるところないですか?」
グレンは傷を確認する。
「……ない」
腕を少し動かす。
昨日まであれほどあった痛みが、ほとんど感じられない。
「ありがとう」
「いえいえ」
「昨日までの痛みが、嘘のようだよ」
「本当ですか?」
葵の顔がぱっと明るくなる。
「よかったぁ……!」
その笑顔を見て、グレンは少しだけ目を細めた。
この少女は、本当に不思議だ。
見知らぬ人間である自分を助け。
傷を治療し。
食事まで用意した。
何か裏があるようにも見えない。
ただ――。
純粋に自分を助けようとしている。
そんな印象だった。
「……」
グレンは、巻かれた布を見る。
綺麗な布。
しっかりとした作り。
この森で一人で生活している少女が、どうやってこんなものまで用意したのか。
聞こうと思えば聞ける。
だが――。
自分自身も、まだ話していないことが多い。
今は、これ以上踏み込まないことにした。
⸻
「じゃあ、私はちょっと探索に行ってきますね」
「……探索?」
「食べ物とか、使えそうなものを探しに」
葵は立ち上がる。
すると――。
「俺も行く」
「え?」
グレンも立ち上がろうとする。
だが。
「いやいや!」
葵が慌てて止める。
「無理は禁物です!」
「だが――」
「今日は休んでてください!」
「……」
「傷、まだ治りきってないんですよ?」
葵はそう言いながら、昨日作ったクッションを手に取り、グレンに差し出した。
「これ使ってください」
「……またこれか」
グレンはクッションを見る。
「座って休んでてくださいね」
「……」
グレンは小さく息を吐いた。
「分かった」
クッションを受け取る。
「気をつけろよ」
「はい!」
葵は笑顔で答えた。
「行ってきます!」
そう言って、葵は家を出ていった。
静かになった家の中。
グレンはクッションに腰を下ろす。
ふわりと身体が沈む。
「……」
やはり、不思議な少女だ。
この危険な森で一人で暮らしながら、他人を助ける余裕まで持っている。
もう少しだけこの少女を信用してもいいのかもしれない。
そんなことを思いながら、グレンは目を閉じた。




