第29話 森狼の群れ
葵は小屋の前で、ナイフと弓を確認していた。
昨日、スライムから手に入れた〖粘着〗を使い、武器の接合部分を補強してある。
「うん。これなら大丈夫」
弓を軽く引く。
ギリッ。
弦がしっかりと張る。
ナイフも握ってみる。
「よし」
準備を終えた葵は、今日も森へ向かった。
目指すのは、いつもより少し奥。
⸻
森の中を歩いていると、ふと葵の足が止まった。
ガサッ!
茂みが揺れた。
葵はすぐに弓を構える。
次の瞬間――。
一匹の狼が飛び出してきた。
「……!」
〖検索〗。
《対象:フォレストウルフ》
《危険度:中》
そして――。
「一匹じゃない!」
左右の茂み。
背後の木々。
次々と狼が姿を現す。
「囲まれた……!」
フォレストウルフは唸り声を上げながら、葵を取り囲んでいた。
グルルル……。
葵は弓を構えたまま、一歩下がる。
「落ち着いて……」
目だけを動かす。
一匹。
二匹。
三匹。
四匹。
「……五匹」
そのとき、一匹が地面を蹴った。
「来る!」
ヒュッ!
矢が放たれる。
しかし――。
フォレストウルフは身体を捻り、矢をかわした。
「速い!」
直後。
別の一匹が横から飛び込んでくる。
「っ!」
葵は反射的に身体を沈めた。
頭上を爪が通り過ぎる。
「危なっ!」
そのまま身体を捻って距離を取る。
【身体柔軟性】のおかげで、無理な体勢でも身体がよく動く。
そして――。
「そこ!」
葵は地面を蹴った。
ドンッ!
【跳躍力強化Ⅱ】によって、一気に距離を取る。
普通なら数歩必要な距離を、一跳びで離れた。
「よし……!」
着地。
その瞬間、別の狼が飛びかかってきた。
「――!」
葵は空中で身体を捻る。
狼の爪が服を掠める。
「……っ!」
着地した葵は、そのまま転がって攻撃をかわした。
【平衡感覚強化】のおかげで、無理な姿勢からでもすぐに体勢を立て直せる。
「今度はこっち!」
弓を引く。
目の前の狼が動く。
「……見える」
【動体視力強化】。
狼の動きが、以前よりはっきりと追える。
狙いを定める。
「そこ!」
ヒュンッ!
矢が狼の脚を捉えた。
「よし!」
一匹が動きを止める。
だが――。
「……!」
背後から気配。
葵は振り返るより先に身体を横へ投げ出す。
いた場所を狼が通過する。
「……危なかった」
【嗅覚強化】が、風に乗った獣臭を拾っていた。
音よりも早く、次の攻撃を予測できた。
「これ……便利!」
葵はすぐにナイフへ持ち替える。
⸻
一匹が正面から迫る。
葵も前へ出る。
牙が迫る。
右へ。
爪が来る。
左へ。
【敏捷性向上】によって、身体が以前より素早く動く。
そして――。
「今!」
狼の懐へ入り込む。
ザンッ!
ナイフが毛皮を裂いた。
「もう一匹!」
横から別の狼。
葵は咄嗟に跳ぶ。
身体を捻りながら攻撃をかわす。
着地。
そのまま振り返る。
「そこ!」
ナイフを突き込む。
ドサッ。
《討伐を確認》
「……はぁ……!」
息を整える。
残りは三匹。
だが、狼たちはまだ諦めていない。
むしろ仲間が倒されたことで、さらに警戒している。
「……頭いいな」
三匹が同時に動いた。
正面。
右。
左。
「三方向……!」
葵は一瞬だけ考える。
そして――。
「だったら!」
正面の狼へ向かって走る。
「えっ!?」
狼が飛びかかってくる。
葵は直前で跳躍。
【跳躍力強化Ⅱ】。
頭上を飛び越える。
そのまま身体を捻り――。
【身体柔軟性】で着地姿勢を整える。
「――そこ!」
振り返りざまに矢を放つ。
ヒュンッ!
一匹の肩に命中。
「あと二匹!」
しかし、着地した瞬間。
――ザッ!
背中に衝撃。
「ぐっ!」
狼に体当たりされた。
地面を転がる。
腕に爪が当たり、血が滲む。
「痛っ……!」
けれど。
葵はすぐに立ち上がった。
傷口を見る。
【自己再生Ⅱ】が発動し、出血がみるみる減っていく。
「……これくらいなら!」
葵はナイフを握り直した。
怖い。
痛い。
でも――。
以前のように、怪我をした瞬間に動けなくなることはない。
「まだ、戦える!」
狼が飛びかかる。
葵は一歩踏み込んだ。
牙を紙一重でかわす。
そして――。
ザンッ!
ナイフが首元を捉えた。
《討伐を確認》
残り一匹。
最後のフォレストウルフが、葵を睨みつける。
「……来て」
葵もナイフを構える。
狼が走る。
葵も走る。
互いの距離が一瞬で縮まる。
牙。
爪。
ナイフ。
一瞬の攻防。
そして――。
「――ここ!」
ザンッ!
最後の一匹が地面へ倒れた。
森が静まり返る。
「…………」
葵はしばらく動かなかった。
やがて――。
「……勝った」
その場に座り込む。
「怖かったぁ……」
それでも、以前とは違う。
今の葵には、戦うための力がある。
敵の動きを見る目。
素早く動く身体。
無理な体勢からでも立て直す感覚。
獣の匂いを感じ取る嗅覚。
そして、傷を少しずつ治してくれる力。
「……私、ちゃんと強くなってるんだ」
葵は小さく笑った。
⸻
小屋へ戻った葵は、フォレストウルフの肉を調理した。
ミストリーフと塩、胡椒を使って香りをつける。
「いただきます」
疲れた身体に、温かい肉が染み込んでいく。
「……美味しい」
そして――。
《〖暴食〗が発動しました》
《対象から特性を獲得しました》
《【気配察知】》
「……!」
葵は目を輝かせた。
「やっぱり来た!」
〖検索〗。
《【気配察知】》
《周囲の生物の存在を感知することができる》
《視界外の対象にも反応する》
《現段階では、正確な位置・数・距離の把握は困難》
「なるほど……」
今までは目や耳だけを頼りにしていた。
でもこれからは――。
見えない敵の存在も感じ取れる。
「明日も頑張ろう」
葵は焚き火に薪をくべた。
静かな夜。
その周囲を、【気配察知】が薄く探っていた。




