第2話 異世界
――白い。
何もない。
ただ真っ白な空間に、一ノ瀬葵は立っていた。
「……ここ、どこ?」
さっきまでバスに乗っていたはずだった。
クラスメイトの悲鳴。
巨大な魔法陣。
そして――。
死を覚悟したところで、意識が途切れた。
「みんなは……?」
葵は周囲を見回す。
誰もいない…
不安になって一歩踏み出した、そのとき。
頭の中に、声が響いた。
《転移処理を開始します》
「……え?」
どこから聞こえているのか分からない。
男でも女でもない。
感情の一切感じられない、淡々とした声。
《転移者を確認》
《肉体情報を確認》
《精神情報を確認》
「転移者……?」
葵が呟く。
すると、目の前に半透明の文字が浮かび上がった。
《転移先:異世界》
《転移を実行します》
「異世界!?」
無機質な声が次の言葉を紡ぐ。
《転移時の思考を解析します》
《最優先願望を確認》
《願望内容――》
葵の脳裏に、さっきの考えが蘇る。
――こんなに早く死ぬんなら、もっと美味しいものいっぱい食べておけば良かったなぁ。
「ちょ、ちょっと待って!」
《願望に適合する固有スキルを生成》
《固有スキル【暴食】を取得しました》
「え?」
葵は目を瞬かせる。
《次項目》
《思考情報から適合能力を抽出》
《固有スキル【検索】を取得しました》
《固有スキル【保存】を取得しました》
「えっ……?」
葵には何のことか分からない。
そして――。
最後の思考。
家に置いてきた自分のパソコン。
もし自分が死んだのなら。
あれだけは。
絶対に。
「お父さん、お母さん……どうか私のパソコンはハードディスクを抜いて、粉々のぐちゃぐちゃにして海に沈めて下さい……」
《特殊願望を確認》
「……」
《願望内容:対象物の完全破壊》
《適合する固有スキルを生成》
《固有スキル【破壊神】を取得しました》
「…………」
葵は無言になった。
「……そこまで拾うの?」
返事はない。
《スキル生成完了》
《異世界転移を開始します》
「え、ちょっと待って!」
《転移します》
「待ってって――」
足元が消えた。
身体が落ちる。
「きゃあああああっ!」
その瞬間、白い世界が弾けた。
⸻
「――っ!」
葵が目を開けると、最初に見えたのは巨大な天井だった。
「……ここ、どこ?」
ゆっくり身体を起こす。
自分は大きな円形の台座の上に寝かされていた。
周囲には、見たこともない文字や紋様が刻まれている。
壁には巨大な柱。
その奥には、色とりどりのステンドグラス。
まるで――。
「教会……?」
いや。
もっと大きい。
もっと荘厳で。
もっと現実離れしている。
そして。
「……え?」
周囲を見る。
人がいる。
何十人もの生徒たち。
「みんな……!」
葵は立ち上がった。
あちこちから声が上がる。
泣いている子。
混乱している子。
友達同士で抱き合っている子。
誰も状況を理解できていない。
「よかった……」
自分だけではない事に、葵は胸を撫で下ろした。
それだけで、少し安心した。
そして。
正面に並んでいる人々に気づく。
鎧を着た兵士。
豪華な服を着た男女。
杖を持った老人。
そして中央。
ひときわ豪華な衣装を身につけた男が立っていた。
男が一歩前に出る。
「異世界よりお越しになられた皆様」
その声が、広い部屋に響き渡った。
「ようこそ、ヴァルディア王国へ」
ざわめきが起こる。
「異世界?」
「ヴァルディア王国?」
「どういうこと?」
男は両手を広げた。
「私はこの国の国王、アルベルト・ヴァルディア」
国王。
その言葉に、生徒たちが息を呑む。
「皆様は、我々が召喚させていただきました」
「召喚……?」
「俺たちを?」
アルベルトは頷く。
「この世界には、我々人類を脅かす魔王が存在します」
その言葉に、場が静かになる。
「魔王は強大な魔物たちを従え、各地を侵略し、多くの命を奪っています」
そして、悲しげな表情を浮かべる。
「我々だけでは、魔王に対抗することができない」
もちろん。
その言葉のすべてが嘘というわけではない。
魔王が存在することも。
魔物が人間を脅かしていることも。
しかし――。
「そこで、異世界より皆様を召喚させていただきました。召喚されたものは、強大な力を得ると言われています」
アルベルトは微笑む。
「どうか我々と共に戦い、魔王を討ち、この世界に平和をもたらす勇者となっていただきたい」
生徒たちの間から、
「勇者……?」
「俺たちが?」
という声が聞こえる。
葵も呆然としていた。
異世界。
魔王。
勇者。
まるで物語の中の話だ。
けれど。
少し離れたところにいた湊が、真剣な表情で国王を見つめている。
優奈も不安そうに周囲を見ている。
そして葵は思った。
「……本当に、異世界なんだ」




