第19話 初めての服
翌朝。
葵は小屋の中に広げた布を眺めていた。
昨日作った、ブラックウルフの毛を混ぜた魔獣糸。
触れてみると柔らかく、それでいてかなり丈夫だ。
「……これなら、ちゃんとした服が作れそう」
葵は今着ている制服へ目を向ける。
袖は破れ、裾はほつれ、何度も修繕した跡がある。
「さすがに、もう限界かな……」
この世界に来てから、ずっと着続けてきた制服。
思えば、これ以外の服を持っていない。
「よし。作ろう」
葵は新しい服を作ることにした。
⸻
まずは採寸。
……といっても、メジャーなんて持っていない。
「……どうしよう」
服飾部なら、採寸くらい何度もやっている。
けれど、今ここにあるのは魔糸と布、それから簡単な裁縫道具だけ。
「まあ……ないものは仕方ないか」
葵は〖魔糸創生〗で一本の魔糸を作った。
それを身体に沿わせていく。
肩。
腕。
胸元。
腰。
足。
「これくらいかな」
糸の端を指で押さえ、そのまま制服と比べてみる。
「……あれ?」
そこで、ふと違和感に気づいた。
制服のウエスト部分を持つ。
「……前より余ってる」
念のため、もう一度魔糸を身体に巻く。
そして制服と比べる。
やっぱり同じ。
「……私、痩せた?」
葵は自分の身体を見下ろした。
そういえば最近、制服が少し緩い気がしていた。
「でも……」
考えてみる。
ここへ来てから、食事はむしろしっかり食べている。
魔物の肉も食べた。
薬草やキノコも食べた。
〖暴食〗の効果で、食べられるものなら積極的に食べている。
それなのに――。
「痩せるんだ……」
葵は少し考える。
「……〖暴食〗のせいかな?」
〖検索〗を使ってみる。
《〖暴食〗》
《摂取した対象の特性を獲得する》
表示されるのは、それだけ。
「うーん……」
詳しいことまでは分からない。
「まあ、今はいいか」
葵は気持ちを切り替えた。
「服作ろう」
⸻
正確な寸法は分からない。
ならば――。
「現物合わせでいこう」
葵は布を身体に当てながら、大まかな形を決めていく。
服飾部で培った経験が役に立つ。
「ここは少し余裕を持たせて……」
「袖は動きやすいように」
「腰はこれくらい……」
布に印をつけ、ナイフで慎重に裁断する。
そして角で作った針に魔糸を通した。
「よし」
ひと針。
またひと針。
布と布を丁寧に縫い合わせていく。
「……」
葵は無言で作業を続けた。
時間を忘れるほど集中する。
誰にも話しかけられない。
誰にも急かされない。
ただ、自分の好きなように手を動かす。
「……楽しい」
自然と口元が緩む。
学校でも、こうして一人で黙々と作業する時間が一番好きだった。
嫌なことも。
クラスメイトのことも。
今は何も考えなくていい。
ただ服を作る。
それだけでよかった。
⸻
しばらくして。
「……できた!」
完成した服を手に取る。
黒を基調とした、動きやすい服。
ブラックウルフの毛を混ぜた魔獣糸のおかげで、普通の布よりも厚みがあり、暖かい。
「着てみよう」
葵は着替え、水面を鏡代わりにして自分の姿を確認した。
「……うん」
身体にぴったり合っている。
腕を動かす。
しゃがむ。
軽く走るような動作をしてみる。
「動きやすい!」
何度か身体を動かしてみる。
「暖かいし……」
そして、何より。
「自分で作った服って……なんかいいな」
葵は嬉しそうに笑った。
⸻
けれど、そこで新たな欲が出てくる。
「……もうちょっと色んな服、作りたい」
布。
糸。
魔物の毛。
皮。
羽。
森には、まだ使っていない素材がたくさんある。
「……素材、もっと欲しいな」
葵は保存してある素材を思い浮かべる。
「スモールリザードの皮もあるし……防具にもできそう」
「フォレストバードの羽も、何かに使えそう」
次々とアイデアが浮かんでくる。
服飾部にいた頃もそうだった。
一つ作ると、次のものを作りたくなる。
「……明日は、もう少し森の奥まで行ってみようかな」
葵は完成した服を見下ろす。
生きるために始めた裁縫。
けれど今は――。
何かを作ることそのものが、楽しくなっていた。
「次は何を作ろうかな」
葵は小さく笑いながら、明日の探索へと思いを馳せた。




