69、夢
ミレーニアは十八歳でありながら、正式にヴェルナレット伯爵家当主となった。
四公爵、宰相、そして国王陛下、全員一致で特例が下りたそうだ。
――それから、二か月。
ミレーニアはヴェルナレット領にいた。
教会の視察を終えての帰り道。
夏の強い日差しから逃れるために、ミレーニアは木陰へと向かう。
そうして仰向けに寝転がった。
見上げれば、青々とした緑の葉と、その隙間から青い空。
差し込む日差しが眩しくて目を細めた。
(あぁ……ダメだわ……)
きらきらと反射する光。
その甘い痛みにぎゅっと目を瞑った。
さわさわと葉の擦れる音がする。
――ミレーニア嬢
月の化身のような姿でありながら、太陽みたいな人だった。
――これからも貴女の傍にいたい
真っすぐで熱くて。
子供で……どうしようもないほどに愚かで。
ミレーニアがヴェルナレット伯爵当主となれば、問題ないと思ったのだろうか。
そんなわけがない。
ミレーニアが当主になれたのは、生まれの正当性からではない。
父が貴族籍をはく奪されたから回ってきただけだ。
私生児という、貴族にとって傷でしかないそれが消えることはない。
傷がついたままの自分と、生粋のそれも高位の貴族である彼が釣り合うわけがないのだ。
どうしてそんなことも分からないのか。
――貴女のことが好きなんだ
飾らない言葉が痛かった。
嬉しいはずの言葉が、あんなにも辛いとは思わなかった。
何も返せずにいるミレーニアに、彼は微笑んだ。
――そんな顔しないで
どこまでも優しい人だった。
それでもミレーニアは、彼の手を取ることができなかった。
そうしてミレーニアはひとり領地に戻った。
それからは、怒涛の日々。
今までは領地だけの経営をしていれば良かったが、王都のヴェルナレット伯爵邸のことも考えなくてはいけなくなった。
コルヴァンさんと頭を悩ませていたら、セラフィーヌ様が来てくださった。
助言だけではなく、しばらくはクレヴォワール侯爵家が伯爵邸の運営をしてくださるという。
有難すぎる提案に頷くことは躊躇われた。
――あの子のことを気にしてるのかしら?
ふわりと微笑まれて、よく似た面差しに何も言えなくなった。
――でも貴女は当主でしょう?ここで私情を挟むのは良くないわ
責めるようでいて、優しいその言葉にポロポロと涙が零れた。
自分が泣く権利などあるはずもないのに、耐えきれなくて堪えきれなくて。
……どうしようもなくて。
――ありがとう。そんなにもあの子のことを想ってくれて。
セラフィーヌ様の腕はあたたかかった。
(……ばかみたい)
どんなに振り払っても、忘れようとしても。
ふとした瞬間に思い出してしまう。
夢のような日々。
夢だった日々。
甘くて切なくて。
悪夢だとさえ感じた日々。
「ふふ……」
肩に羽織っていたショールを顔に掛けて、視界を遮る。
丁寧に織り込まれている花の模様。
結局彼にショールをしている自分を見せることは無かった。
あの時のように『可愛い』と言ってくれたのだろうか?
夢の続きを見ようとする自分に呆れてしまう。
「馬鹿みたい……」
「何が?」
ひとりごとに声が帰ってくる。
妄想もここまでくると恐ろしい。
忘れられない声が、まるで近くにいるかのように響いている。
「何がって……夢を見ようとしてるからよ」
「夢ってどんな?」
「どんなって……」
「ミレーニア嬢が見る夢だから……うーん、なんだろう。人工魔樹の魔生地が決定したとか?あ~その前にそのお金が必要だってなるから、なんかこうお金儲けの話とか?」
……おかしい。
夢なのに、全然甘くない。
いつもの夢ならば……




