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菫色の署名が導く悪女の契約。甘い悪夢は終わらない  作者: 星見蒼


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70/70

70、悪夢は続く

ふわりとレースのショールが取り払われた。


「これ、俺がミレーニア嬢に贈ったショールだよね?」


驚いて体を起こしたミレーニアの肩に、ショールが掛けられる。


「ああ……やっぱり似合ってる」


眩しい。

眩しすぎる。


夏の日差しよりも眩しくて、痛くて。

目を強く瞑る。


「……ミレーニア嬢?」


信じられないほど近くで声が聞こえる。

気配を感じる。

これが夢だったら…


――夢なら、どっちなんだろう。


悪夢なのか。

それとも幸せな夢なのか。


もうミレーニアには分からない。

目を開けるのが怖い。


「……俺を見るのも嫌か?」

「っ!!……違います!!」


思ってもいない返しに反射的に目を開けてしまう。


消えない、消せない夢がそこにいる。


愚かな自分をあざ笑うかのように。


「……久しぶり」


変わらない、優しい眼差し。

伸ばしたくなる手にぎゅっと力を込める。


「……なんで……いるの?」

「ヴェルナレット領の討伐隊に応募して合格したんだ」

「え?う……うちの討伐隊?そんな話聞いてないですけど?」

「そう言われても、俺はちゃんと入隊試験も受けたんだが?」

「……意味が分からないです」

「そう?」


なんで笑ってるの?

何がおかしいの?

おかしいのはそっちじゃない。

なのにまるでこっちがおかしいみたいに笑って。


「だいたい騎士の仕事はどうしたんですか?」

「辞めたに決まってるだろう?」


最悪。

これだからお坊ちゃまは。

騎士なんて高給取りの仕事を平然と辞めて、貧乏伯爵領の討伐隊って。


「うちはそんなにお金出せないです」

「知ってる。応募要項に記載されていた」

「……お金の計算が苦手なタイプですよね?」

「……まぁ、そうだな」

「そうだな……じゃなくて、どうやって生きてくつもりなんですか?」

「……そうは言うが、バルド隊長だって生きているしなんとかなるんじゃないか?」

「バルド隊長の方が高給取りになるんです!!」


なんて可愛げが無いんだろう。

こんなことが言いたいんじゃないのに。

でも言わせる方が悪い。


「そんな甘い人、うちの領地では生活できないです」

「……そう言われても。それに生活してみないと分からないだろう?」


もう何を言い返せばいいのか。

鼻の奥がツンとしてくる。


「……泣いてるのか?」

「泣いてません」

「でも……」


近寄らないで。

それ以上踏み込まないで。


ミレーニアは顔を隠そうとした。

でも腐っても騎士。

動きが速くて、あっという間に手首を掴まれる。


見られたくない情けない顔が晒されてしまう。


「ミレーニア嬢……」


目尻に触れる指が熱い。

零れる涙が拭われていくのが、悔しくて堪らない。


この指が欲しいと思ってしまう。

ずっと、ずっと、そばにいてと願ってしまう。


「……汗です。涙じゃないです。触らないで……」

「……汗でもいいよ」

「変態!!」


ギッと睨みつけても、笑っている。

どうして自分だけがこんなに腹を立ててるのか?


「……なんなの……?」


疲れ果てて、仰向けになる。

日差しが風にゆらゆらと揺れている。

隣に同じように寝転がる気配がした。


「なにも返せないのに」

「別にいらない」

「……」

「なにもいらないんだ」

「……」


繰り返される言葉に嘘つきだと思う。

そんなわけがない。

ミレーニアは欲しいのに。

要らないなんてそんなはずがない。そんなのズルい。


「ここに、いたいだけなんだ」

「……」

「ご当主様?」

「……なんですか、それ?」

「だってバルドの試験を合格しても、君がダメだと言ったら居られないだろう?」

「……その手があった」

「え?嘘だろ?待ってくれ、それだけは」


焦ったのか、隣で起き上がる気配がした。

ミレーニアも合わせるように起き上がる。


「大丈夫です。ルシアン様ならどっかで雇ってもらえます」


そう返したのに、なぜか笑っている。

これ以上ないぐらいに、嬉しそうに。


しかも、ミレーニアに手を伸ばして、抱きしめてきた。


「……どういうことですか?」

「やっと名前を呼んでくれた」

「……それと、これの意味は?」

「嬉しくて」

「……勝手に人に抱きついたり……」

「泣いてるから顔を見せたくない」


なんなのよ。

人を何だと思ってるのよ。


「……見せてください」

「嫌だ」

「ズルいです。そっちは私の泣き顔を見て」

「……可愛かった」

「っ!!」


抱きしめられたまま、耳元で意味不明に『可愛い』なんて言われて。

嬉しさよりも、怒りが湧いてくる。

自分だけが必死で。

必死にこの想いを忘れようと、逃れようとしているのに。


許せなくて、ぐいっと力を入れる。

その腕から離れて。


――後悔した。

物凄く後悔した。


アイスブルーの瞳から零れ落ちる涙。

美しすぎて、綺麗すぎて、目が離せない。


「……好きなんだ」


呆然としている間に、また抱きしめられて。

耳元に熱を吹き込まれて。

ミレーニアの脳はショートした。


夏の暑さと。

彼の熱さと。


完全に焼き切れた。


「……」


両腕が勝手に上がっていく。


ルシアン様の背中へと回る。


(あたたかい……)


暑いのに心地よくて。

抗うことに疲れてくる。


ミレーニアはゆっくりと瞳を閉じた。

その腕の中で。


(……悪夢だわ)




END

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