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菫色の署名が導く悪女の契約。甘い悪夢は終わらない  作者: 星見蒼


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67、終わりのはじまり

「ど……どういうことですの?」


椅子から立ち上がり、悲鳴に近い声を上げたのはリゼリアだった。


父が当主から降ろされる。しかもヴェルナレットの名を名乗ることさえ許されない。それは、貴族から平民に落とされる、ということだ。


「……発言は許しておらぬが。まあ、よいだろう」


陛下にじろりと睨まれ、リゼリアは慌てて口元を手で押さえた。

父を挟んだ向こう側では、母が「止めなさい」とでも言うように、わずかに首を左右に振っている。


(……なんで? どうしてなの……?)


隣の父を見れば、顔面蒼白で額から幾筋もの汗を流している。


(……お父様……?)


「説明など不要だと思っていたのだが、そうではないようだ。宰相、説明せよ」

「かしこまりました」


陛下の後ろから宰相が、ゆっくりと歩み出た。


「ミレーニア・ド・ヴェルナレット嬢より、告発状が届きました」


(え?)


「なんだと!!」


父が椅子を蹴るように立ち上がり、ミレーニアへと詰め寄ろうとする。

だが、瞬時に近衛騎士によって組み伏せられ、床へと押し付けられた。


「……お父様っ!!」


リゼリアは父へと駆け寄ろうとしたが、母は椅子に座ったまま微動だにしない。

助けてほしいと視線を投げても、こちらを見ようともしなかった。


「……どうして……」


誰も助けてくれない。

この場にいる、誰も。


ただ一人、ミレーニアだけが痛ましそうな眼差しでこちらを見つめていた。


その存在だけは知っていた。

姿を見たのは、この間の夜会が初めてだった。

美しい侯爵子息の隣に並び、婚約者の座に収まるなど許されない、そう思っていた相手。


あの女に……同情されているというの?

自分が、実の父を告発しておきながら?


「君の父君は」


気づけば、宰相がリゼリアの目の前に立っていた。


「結界石の異常を知りながら、それを国へ報告していなかったのだ」

「……え?」

「たしかに結界石については報告をしていませんでした!!ですがっ!!わたしは、そこのコルヴァンに唆されて!!」


父は騎士に抑えられながら、必死に声を張り上げている。

だが、宰相は父の訴えを無視する。


「そして先ほど、陛下に虚偽の報告をした」

「……なにを?」


父が宰相を見上げた。


「そなたは書類にサインをしたというが、確かにここ一か月のサインはそなたのものだったが、過去八年、そなたのサインではないな」


陛下の言葉に父が唇を噛みしめた。


(……なに?どういうことなの……?)


「もちろん、血縁による代理署名は法的にも認められてはいる」

「そ、それなら……」


つい声をあげてしまったリゼリアだが、はたと思う。

誰の署名なのか?

父の代わりに代理で署名をしていた、血縁とは……


リゼリアは陛下を見た。


「証拠は山のようにある。ヴェルナレット領は堅実にきっちりと報告をあげていた」

「……くそ…っ」


陛下の御前での暴言に、騎士がまた父を床へと押し付けた。


「……おとうさま……」

「八年。そのサインは全てそこにいるミレーニア・ド・ヴェルナレットのもの」

「……そんな……だって八年前って……」


自分より二つ年下の義妹。

八年前は十歳。十歳からずっと?

たとえサインだけとはいえ……?


「真実を話していれば、まだ貴族籍からのはく奪は免れたものを……」


陛下の言葉が重い。


(あ……あぁ……)


リゼリアは知らなかった。

父のしたことを、父がしなかったことを。


何も知らず、今まで生きてきた。

ようやくその事実に思い至った。

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