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菫色の署名が導く悪女の契約。甘い悪夢は終わらない  作者: 星見蒼


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65、円卓の間

登城したジルベールたちが案内されたのは、謁見の間ではなかった。


(……円卓の間、か)


聖花が描かれた大きな紋章旗が目に入る。

そして部屋の真ん中には、黒檀の大きな円形のテーブル。

先導の騎士が、入り口から一番近い椅子を引いたので、ジルベールはそこに腰を掛ける。

次いで右にカトリーヌ、左にリゼリアが座った。

騎士たちはすっと後ろに下がり、静かに扉を閉めた。


「……せっかく綺麗に整えたのに、これでは意味がないわ」


リゼリアが小さく呟くのが聞こえて、ジルベールは隣を睨みつける。

余計なことを言われて褒章がなくなっては困る。


「一言も喋るな」


妻と娘に命じる。

リゼリアは肩をビクリと震わせ、カトリーヌがゴクリと息を呑んだ。


そうして物音一つしない、重苦しい静けさの中

どのくらい待っただろうか、ようやく国王陛下が姿を現した――




「ヴェルナレット伯爵、そなたに話がある」


そう切り出した陛下は、ジルベールから一番遠い場所に座る。

その後ろには宰相、内務卿、そして外務卿が控えていた。


(……何故、外務卿のゼフィール公爵がいるのだ?)


褒章の話であれば外務卿は関係ない。


(まさか外務の仕事を任されるとか……冗談じゃない。金のみでいいんだ。……そうだなぁ、領地の仕事に専念したいとでもいえば断ることは可能か?)


陛下の次の言葉を待つ間にもジルベールは考える。


「地脈振動から十年。少しずつではあるが、ヴェルナレット領は着実に復興を果たしている。前年度の税収は、災害前の八割。実に素晴らしい成果だ」


円卓の間に響く陛下の声に、ジルベールの胸は期待に膨れる。


(間違いない。この流れなら褒章の話以外ありえない)


「この働きに応えるべきだと思うが――」


朗々とした声が、静かにやがて低くなっていく。


「その前に、そなたに聞きたいことがある」


(……聞きたいこと?)


「王都に常にいるそなたが、どのように差配しているのか?」


(……疑われているのか?いや、余地はない。……となれば、コルヴァンの働きについて知りたいのか?……もしや外務卿が同席しているのは、コルヴァンを外務局に引き入れようと……?だが、あの男はヴェルナレット領から離れることはできない)


心中でニンマリと笑い、表面上は生真面目な表情で取り繕う。


(まぁ……頭を上げることは許されていないから、表情など見えないだろうが)


「たしかに私は王都にはおりますが、領地には……きちんと仕事のできる者を置いております」

「……領地の家令コルヴァン・マルソーだな」

「……名前までご存知でいらっしゃいましたか」


少しの苛立ちをジルベールは何とか抑え込む。


「随分と優秀な男だと聞く。引き抜きをしようとする者もいたとか」

「……そのようです」

「だが、そのすべてを断ったと。……現在のヴェルナレット領の状況から考えれば、それほどの報酬も払えていないのではないか?」


陛下の視線がジロリとカトリーヌとリゼリアに向けられたことを、ジルベールは知る由もない。

付け加えるならば、リゼリアが少し頭を上げてしまい、陛下の視線を受けて、慌てて頭を下げたことも。


「ええ……ですが、コルヴァンは忠義者でして」

「……そのようだな」


トントンと音がした。

顔を上げることは出来ないが、わずかな視界の先で陛下の指がテーブルを叩いているのが見えた。


「コルヴァンに仕事をさせ、そなたが署名したと……」

「……恥ずかしながら。ただ、わたくしも書類はきちんと確認しております。ヴェルナレット領の領主として、領地が正常に運営できるよう……」

「……」


陛下の指先はいまだテーブルを叩いている。

その音がジルベールの心音と重なる。

どこか煽るようなリズムだ。


「時にコルヴァンの書類を返すこともありますし、こちらから提案することも……」


ゴクリと唾を飲み込みながら、ジルベールは嘘を吐く。


トンっと陛下の指が止まった。

リズムを狂わされ、ジルベールの嘘も止まる。


誰も発言しない。

何の音もしない。


静かで重い空気が漂う。


トンと再び陛下の指が動いた。

思わず顔を上げそうになり、慌てて首を下に動かす。


「そなたが領地経営に関わっていたと……」

「当然……」


しかしジルベールの言葉は遮られた。


――それは初耳だ


冷たい声が円卓の間に響いた。

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