63、我儘な弟
「姉上」
夕食を終えてエリオスとふたり今後について話していたところに、ルシアンが顔を出した。
「……どうしたの?」
いつもと雰囲気が違う。
それにエリオスも気づいたのだろう、静かに部屋を出ていこうとするから、手首を掴んで引き戻す。
驚いた顔をしていたけれど、できればエリオスにもいてほしかったのだ。
少し思い悩んだようだけれど、エリオスはソファのひじ掛けの部分に軽く腰掛けた。
「貴方も座ったら?」
ルシアンにはエリオスがさっきまで座っていたソファを示す。
それなのに、ルシアンはソファに座ることなく立ったまま。
そして、まっすぐにセラフィーヌを見た。
「……姉上、俺は……私は当主には、なれません」
なりません、ではなく、なれません。
初めて聞く言い回しだった。
「どういうことかしら?」
淑女らしくなく脚を組んでしまう。
「……ミレーニア嬢の傍にいようと思います」
ルシアンの様子から彼女に好意を持っていることは分かっていた。
「傍にって……」
「彼女が今回のことで貴族籍を外れるとしても」
覚悟は出来ているらしい。
「……平民として貴方が暮らせると思っているの?」
「分からないけど」
相変わらずの甘ちゃんぶりでため息が出る。
「あのね……」
「でも、ミレーニア嬢といっしょなら」
「あの子が貴方と一緒にいたいと言ったの?」
「……いいえ」
「でしょうね」
ミレーニア嬢はルシアンより遥かに大人だ。
少し話しただけだが、そう感じた。
そんな彼女がルシアンを選ぶとは思えない。
「……それでも、俺は彼女といたい」
まるで熱に浮かされたような……
いえ、違うわね。
アイスブルーの瞳は強く、揺れてなどいない。
「子供の我儘ね」
「分かっています」
「……あの子は貴方の庇護なんて要らないと思うけど?」
「知ってます」
呆れて何も言えない。
ここまでわがままを通すとは。
「本当に申し訳ありません」
「私はいいとは言ってないけれど?」
「……姉上は俺に甘いです」
唖然とする。
何を言い出すのか。
後ろでエリオスが笑い出してしまっている。
「あ~……ほんと、ルシアン君は変わらないねぇ」
「その通りです」
「思い出すよ。君に“おじさん”って言われたことを」
「あの時は本気でそう思ってました」
「……言うね」
楽し気に二人で会話をしないで欲しい。
こっちは腹が立っているというのに。
「ルシアン」
「姉上を犠牲にしているのは、義兄上でなくて、俺です」
まっすぐに向けられる視線の強さに泣きそうになる。
この子は子供のままで、それでも大人になろうとしている。
「……あの子に振られても、当主にはなれないし、貴族に戻りたいって泣きついても」
「そういう嫌な話はしないでください。でも、それでいいです」
ほんと笑っちゃう。
この子はいつまでたっても、子供なのだ。
成人した今現在も、そしておそらく、この先もずっと。
それでも――
セラフィーヌにとっては、一生、生意気で可愛い弟なのだ。




