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菫色の署名が導く悪女の契約。甘い悪夢は終わらない  作者: 星見蒼


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62、お嬢さまの決意

――お父様を……告発する?


結界が一時的に修復されてから、三日。

セラフィーヌ様がヴェルナレット領に来た。

しかも旦那様も一緒に。


「告発って……どういうことですか?」


話が話だけに、応接間ではなく執務室がいいだろうということになり、以前ミレーニアが使っていた執務室へと二人を案内した。


「どういうこともなにも、今回のことは看過できないわ」


セラフィーヌ様が、向かいのソファから厳しい眼差しを向けてくる。

その後ろに立つエリオス様に至っては感情が読めない。


(……ルシアン様がいてくれて良かった)


ミレーニアのすぐ後ろにルシアン様が立っている。

振り返ることは出来ないけれど、その気配だけで安心する。


「今回のこと、というと……」

「結界石の亀裂よ」


セラフィーヌ様が何を言いたいのかは分かっている。

だが、それを認めるわけにはいかない。


「まだ原因も分かってないですし……」

「そういうことじゃないでしょう?」

「……」

「貴女に全権があったら、どうしたの?」


トントンとセラフィーヌ様の白く細い指が、ローテーブルを叩く。

その威圧感に勝てそうにない。


「……原因や修復方法を探って……」

「そうね。……もしそれが見つからなければ?」

「……国に報告します」

「貴女なら、今回のことが一領地だけの問題ではないと、分かるでしょう?」


セラフィーヌ様のアイスブルーの瞳は、ルシアン様と同じ色でも、全然違って見えた。

ずっとずっと冷徹で強い。


「貴女のお父上はそれをなさらなかった」

「……」


その通りだ。

でも……そしたら……


「この領地はどうなるんですか?」


みんなは?お母さんは?

領民なら大丈夫だろうか。

でも。


部屋の入り口に控えているコルヴァンさんとロランさんを見る。


「お嬢さま、私たちには責任というものがあります」

「でも!!お父様が何もさせなかったんじゃない!!」


コルヴァンさんの優しい笑顔が痛い。ロランさんが首を左右に振っている。


「ミレーニア嬢、彼らの言う通りよ。彼らには責任があったの」

「……それは……それなら私だって!!」

「十歳の子供に責任は求めないわ。それに今回のことは貴女は知らなかった」

「十歳だったのは昔だわ!!今は!!」

「……貴女は今十八よ。ようやく成人したの」

「それは……っ!!」


ふぅとセラフィーヌ様が息を吐く。

何も言い返さなくなっているミレーニアにセラフィーヌ様は言った。


「彼らの責任が問われた場合、貴女は減刑を求めるのかしら?」


(……減刑?)


「減刑ってどうして!!コルヴァンさんたちは……コルヴァンさんたちが、ずっと領地を守ってきたんです。褒められこそすれ、責任を取らされるなんておかしいです!!」


思わずソファから立ち上がってしまう。

正論だと頭では分かっている。でも、感情が抑えきれない。

震える拳に力が入って。痛くて。でも…でも…


「ミレーニア嬢」


ルシアン様の手が、ミレーニアの拳を包み込んだ。


じんわりとした熱さが、手だけではなく全身に伝わっていく。

不思議と心が落ち着く。


(だいじょうぶ……大丈夫)


そう心の中で繰り返してから、ミレーニアは気づいた。

いつだって、そうやって、自分は生きてきた。

必死に大丈夫だって思って、飲み込んで。

そして。


(……そう、“大丈夫”にしてもらってきたんだ)


ミレーニアは入口へと目を向ける。

コルヴァンさんとロランさんが立っている。


ずっと一人じゃなかった。

いつだって、領地のみんなと一緒にだった。

みんなに守ってもらって、“大丈夫”にしてきた。

それを今さら、あの男に奪われるなんて冗談じゃない。


(……絶対に奪わせない!!)


ミレーニアは自身の手を

……重ねられたルシアン様の手を見つめた。


そして、ゆっくりと顔を上げた。


「私が告発します」

「お嬢さま!!」


コルヴァンさんがダメだと首を左右に振るが、譲れない。


大事なものは、自分で守る。


「……貴女は……」


セラフィーヌ様の目が大きく見開かれた。

先ほどまではルシアン様とまるで違うと思ったのに。

今は、どうしてか同じだと感じた。


「姉上、ミレーニア嬢に告発状について説明をお願いします」


ルシアン様の手が、ミレーニアの肩に乗る。

ぐっと強く押されて、ソファに座るよう促された。


見上げれば、そこにはアイスブルーの瞳。

力強いその輝きにミレーニアは頷き返す。


そうよ。

もう、これ以上奪わせない。

みんなの“これから”を守るんだ。

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