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菫色の署名が導く悪女の契約。甘い悪夢は終わらない  作者: 星見蒼


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60/70

60、家令の心

結界が修復されてから、数時間後――

美麗な青年がコルヴァンの執務室を訪れ、一通の封書を差し出してきた。


「クレヴォワール侯爵当主代理に、この手紙を渡して欲しい」


すっかり忘れていたが、お嬢さまはクレヴォワール侯爵子息と婚約をしていた。

そして、領地の危機に『銀の騎士』として現れたのは、その婚約者――

ルシアン・ド・クレヴォワール。


そして彼の従者が、国に百人もいないと言われる魔術師のジュール様。

そのお力で結界を修復してくださった。


「……この手紙を?」


渡された手紙は随分と薄い。


「ジュールがしたのは一時的な修復のみだ。結界石の損傷ということであれば、新たな結界石に取り換えるか、結界石自体の修復をする必要がある。どちらかと言えば、結界石を取り換える方が現実的だと思う」


「当主さまは……」

「分かっている。だから姉上を頼る」


ルシアン様の姉上は、クレヴォワール侯爵家当主代理。

セラフィーヌ・ド・クレヴォワール。


「それは……」

「躊躇している時間はない。これ以上の犠牲を払う意味が分からない」


彼が正論を言っていることは分かる。

コルヴァンだって当主がどうなろうとかまわない。

ただ、お嬢さまは違う。

お嬢さまは私生児とはいえ、正式に当主の娘として認知されている。

あの男が罪に問われれば、それはお嬢さまにも及ぶ可能性があった。

それだけは、したくない。

あの男の子供として生まれたというだけで、自由を奪われ続け、それでも懸命に生きているお嬢さまをそんな目に合わせたくない。

だから、結界のことだってここまで放置してしまったのだ。

お嬢さまが罪に問われず、なんとか逃れる方法が思い浮かばぬまま。


「コルヴァン殿」


ルシアン様が一歩、こちらに近づいてきた。


「……いい加減、この歪みから解放されるべきだ」


その眼は強く、美しく。

そして、どこにも淀みがない。

彼のようにまっすぐでありたかった。


(……わたしがこの歪みを生んだ)


あの親子を守るためとはいえ、自分が当主に進言したのだ。

娘として認知させ、代わりに仕事をさせるように、と。

せめて、どこかで歪みを正せば良かったのだ。


でも、できなかった。


少し手を伸ばせば、どこかに届いたかもしれない。

けれど、コルヴァンにはそれができなかった。

失うことを恐れ、失敗を恐れ。

歪んでいようとも、今を守ることで精一杯だった。


「あとはこちらに任せてほしい」


頭を下げられ、目頭が熱くなる。

この方は、コルヴァンが伸ばすことができなかった手を、無理やり掴んで、届かせようとしている。

あとは、こちらからも手を伸ばすだけ。

もうそれだけなのだ。


「分かりました。すぐに届けさせます」


コルヴァンは大きく頷いた。


(やっと……終わる)


息子の恋人だったアナスイをあの男に奪われてから、ずっと続いてきた悪夢が。

今、ようやく終わろうとしている。


ロランに言えば夜だろうが、嵐だろうが走るだろう。

あれは馬を飛ばすのが得意だ。

それに……


アナスイの、その娘の為に出来ることがあるのだ。

それこそがロランにとって救いにもなるだろう。

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