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菫色の署名が導く悪女の契約。甘い悪夢は終わらない  作者: 星見蒼


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58、銀の化け物

ルシアンがひぃさんを追い駆けて階段を下りていく。


「……バルド隊長、なんか化け物に遭遇した気分なんですけど」


一緒に戦ったブノワが、ため息交じりに呟いた。

まぁ全員が同じ気持ちだろう。

魔術師も凄かったが、ルシアンは異常だった。

銀の君なんていう繊細さは、どこにもない。

バルドに命名権があるなら、“銀の化け物”一択だ。



――ルシアン、いつもとは勝手が違うんだから、ちゃんと戦術を確認しないと


そう最初に言ったのは魔術師だった。


――あぁそうか。今回ジュールは仕事しないんだったな

――なんかそれ違うだろ?君ね

――分かってる。で、バルド殿、戦略だか戦術は?


なんとなくその返しから、嫌な予感はしていた。

戦略と戦術をひとまとめにするタイプは良くない。実に良くない。

だがそんなことを言っている猶予が無いことは分かっているし、何よりも彼らに全てが託されている。主導権はこちらではなく、ルシアンたちの方だった。


――魔法陣で小さな守護結界を作り、交代で魔物を弱らせる。人海戦術ともいえるかな?

――面倒そうだなぁ


はぁとため息を吐いている。

本当にこれに任せていいのか。不安になって魔術師を見れば、にこりと微笑まれた。


――ルシアン、むしろ簡単だよ?

――そうなのか?

――後ろはバルド殿が魔法陣で守ってくれるわけ

――……ん?気にせず、前へ突っ込めばいいのか?

――そう。なにも気にしなくていい。あ、バルド殿、ルシアンは猪突猛進で突っ込んでいくけど気にしないで。気にするのは自分たちだけ。今聞いた話だと、いつも危ないと思ったら、守護結界?の中に戻ってるってことだよね?

――そうだが……

――それなら、大丈夫。敵は魔物と、ルシアンだから


……最後、なにかおかしいだろうと思った。

だが、魔術師の言う通りだった。


「……あんな涼しい顔して、あの大剣振り回すか、ふつう?」

「俺んとこに魔物の破片が飛んできたんだが」

「お前もか!!慌てて切り落としたぞ」

「全然後ろ見ないし!!」

「まぁあちらさんが切ってくださるおかげで、弱りに弱った魔物ばかりだったけどな」

「……俺は近づきすぎて、剣圧で飛ばされた」

「あぁ……俺らそれを見たバルド隊長から、絶対に近づくなって言われた」


隊員たちがルシアンの異常さを語っている。


バルドたちが戦ったのは、ルシアンが大剣を振り回して切った、その残骸。

……楽と言えば、楽だったが。

魔物の残骸がどう飛んでくるのか分からなくて、最悪だった。

それでも、時間が経てばこちらも慣れてくる。

前の方で戦闘しているルシアンは完全に放置し、自分たちは守護結界と共に少しずつ進み、弱っている魔物たちにとどめを刺す。

とてもシンプルな戦術へと切り替わった。


(……あの魔術師、絶対に性格悪いだろ)


こうなることは容易く予想できたはずだ。

それなのに、バルドたちに具体的な指示をすることなく、ルシアンが前へ前へと進むのを笑いながら見ていた。


(まぁ……文句も言えないが)


その魔術師によって、結界は一時的に修復された。


(あれは凄かった)


彼の周りで一気に魔力が膨れ上がり、それが幾重もの矢となり結界ドームへと向かう。

そして、その魔力は結界ドームの魔法陣と馴染み、覆いつくした。

綻びは消えていた。


(……あんなのを従者として置くなんて、どうかしてる)


魔力を読み解くことができない無知故なのか、

それともそれ自体も、ルシアンの異常さなのか。

どちらにしても。


「これでしばらくは休めるわけだ」


バルドがそう言うと、隊員たちの視線が集まる。

誰もが歓喜の表情を浮かべている。

当然だ。ずっと戦いを強いられて、心休まる日などなかったのだ。


「あぁ……久しぶりに麦芽亭に行くか!!」

「そうだよな!!エール飲み放題じゃねぇか!!」

「よし!行くぞ!!店のエール飲み切るぞ!!」


疲れていたはずの隊員たちの動きが速くなる。

生き生きと身支度を整えている。


それを眺めながらバルドは考える。


(……この後は、どうなる?)


魔術師は言った。

二週間は持つと。


では、その後は?


再び亀裂が戻るのか。

それとも――


バルドにはこの先どう転がるかは分からない。

だが――


なんとかなるような気がした。


(……ずっと、なんとかしてきたもんな)


あの、ひぃさんが。


最悪な状況をいつだってひっくり返してきたのだ。

あの子が戻ってきたのだ。


きっとなんとかなるのだろう。


戻るなと願ったくせに。

ひぃさんこそが、バルドたちの希望そのものなのだ。

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