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菫色の署名が導く悪女の契約。甘い悪夢は終わらない  作者: 星見蒼


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57、ご褒美

魔物の数を減らし終え、ジュールによって無事、結界ドームが修復された。


力を使い果たしたジュールは完全に動けなくなり、ルシアンは彼を抱えて詰所へと戻る。

途中でバルドが『代ろうか?』と声を掛けてきてくれたので、大剣の方を持ってもらうことにした。というか、バルドに返した。


そうして詰所に到着すると、バルドたちをはじめ討伐隊の隊員たちがジュールのための場所を確保してくれた。

そこにジュールを転がしておき、ルシアンは汗を掻いた体を拭いていた。


ちょうどそこに、ふわふわとした栗色の髪が現れたのだ。

ルシアンとしては当然、近づこうとした。

彼女に『結界が修復された』と伝えるためでもあったし、何よりも顔が見たかったし。


「ミレーニア嬢」


彼女もルシアンに気づいたのだが。


「ル……きゃあああ!!」


叫び声を上げたかと思うと、物凄い勢いで去っていく。

階段を駆け下りる音に、階下を走る音まで聞こえた。


意味が分からず、首を傾げる。

どうしたものかと考える。

何に悲鳴を上げたのか?


くるりと周りを見渡すも、さっぱり分からない。


「あ~……ひぃさんが……あんなに小さくて可愛かったひぃさんが……」


すぐそばにいたバルド殿が、なぜか嘆いているようだった。


「ルシアン、とりあえず服を着て、ひぃさんを回収してきてくれ」

「……はぁ」


素早く着替えると、ミレーニア嬢を探して歩き回る。

しばらくすると、その姿を見つけた。

地面に座り込んで足を抱え、耳を塞いでいる。


「……見てない。見てない。私は何も見ていない」


謎の呪文を繰り返している。


「ミレーニア嬢?」

「ひ……ひぃ……」


顔を上げてくれないし、変な声まで聞こえてくる。

仕方ないので、屈みこんで、耳を塞いでいる手の、細い手首を掴んで持ち上げた。


「ミレーニア嬢」


その耳元で名前を呼ぶ。

途端にバッと顔を上げてくれたが、ものすごい勢いで睨まれた。


「なんでそういうことするんですか!!」

「呼んでも反応しないから」

「……」


間違ったことは言ってないと思う。

それなのに、ものすごく不満そうな顔をされた。

だが、それもすぐに心配そうな表情に変わる。


「……どこも怪我してませんか?」

「ん?……あぁ……大丈夫」

「本当に!?」

「そんなへまはしない」

「……本当に?」

「疑うなら見てみるか?」


上着を脱ごうとしたところで。


「いい……いいです!結構です!!」


ぐいぐいとルシアンの上着を押さえつけている。

そこまでされると、逆に引っ張られて上着が破れそうなんだが……と思う。

それよりも。


「……どうやってここまで来たんだ?」


ミレーニア嬢が一人でいる、ということに気づいた。


「馬で」


まさかの回答にルシアンは頭が痛くなった。


「……その格好でか?」

「だって……」

「なんだ」

「心配だったんです!!」


耳元で叫ばれた。

鼓膜を破る勢いだ。


……これはもしかして、先ほどの仕返しなのだろうか?

それなら。


「耳元で囁くべきだろう?」

「……何を言ってるんですか?」


何故か冷めた目で見られた。

解せない。


「……とりあえず、その馬のところまで案内してくれ」

「あ、はい……あれ?ジュール様は?」

「しばらく動けないと思う」

「え?」

「さすがにジュールでも大変だったみたいだ」

「……そんな淡々と」

「大丈夫だ。後で飲み物と食べ物と、まぁ色々摂取すれば、あっという間に回復する」

「……え?そうなんですか?……あ、馬車を回すように手配しますね」

「それは助かる。あの状態のジュールを馬で運ぶのは重い」

「もう少し優しくしてあげても」

「馬車で運べるなら、そっちの方が効率的だろう?」

「……まぁ、それはそうですけど……」


二人並んで歩いて。

手の甲がぶつかる。


風が気持ちいい。

緑の匂いがする。


ふと、彼女のようだと思った。


ぶつかり合った手を、そっと握りしめる。

彼女は何も言わなかったし、抵抗もしなかった。


それをいいことに、手を繋いだまま歩く。


「……あれか?」

「はい、そうです」


鞍のついた馬は、大人しくミレーニア嬢を待っていた。

そのまま跨いで乗ろうとするので、引きずり下ろす。


「え……ちょっと……」


ルシアンが先に乗って、彼女を引き上げる。

自分の前に横座りになったことを確認してから、馬の手綱を引く。


「な……んで……」

「その格好で跨るなんてありえない」

「…………」

「屋敷の場所を案内してくれ」


相変わらず不満そうで。

唇がとがっている。


「……可愛いな」


ついつい漏れる本音。

彼女が驚いたようにルシアンを見た。


「頭大丈夫ですか?」

「……ん~どうだろう」

「どうだろうって……ルシアン様って変ですよね?」

「そうなのか?」


心当たりは一切ない。

だが、彼女はなにが楽しいのか、ふふっと笑っている。

その振動がこちらまで伝わってくる。


今まで見たなかで、いちばん幸せそうな気がした。


それが嬉しくて、ルシアンも笑う。


「なんか、しばらく走らせたくなったなぁ」

「それはジュール様が可哀想です」

「そうか……そうだなぁ……」


全てが片付いたら、また走ればいいか。

その時はもっと笑ってくれるといい。

……もっと笑ってもらえるだろうか?


ルシアンはミレーニアと共に馬を走らせる日に思いを馳せた。

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