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菫色の署名が導く悪女の契約。甘い悪夢は終わらない  作者: 星見蒼


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56、お嬢さま、走る

ミレーニアとレネは、屋敷に連れて行かれた。


そんなの嫌だったけれど、バルド隊長に『ひぃさんがいると気が散る』とまで言われ、大人しく従った。


けれど、落ち着かなくて屋敷の前をウロウロする。


「お嬢さま」

「……だって」


ミレーニアは遠くへと視線を向ける。

魔生地の結界ドームの淡い揺らめきは、屋敷からでも見える。


あそこで、ルシアン様は魔物と戦っているのだ。

彼が王国の騎士だって頭では分かっていても、どうしても落ち着かない。


(……なにも言えなかった)


領地のために尽力してくれる、その背中に。

ミレーニアは何も言えなかった。


危ない目にはあってほしくない。

でも、領地を救ってほしい。

矛盾した思いが、ミレーニアから言葉を奪った。


そんな感情に気づいてくれたのは、ジュール様の方で。


『あぁ見えて?いやどう見えてるのか知らないけど、強いから大丈夫ですよ。魔物討伐はそもそも彼のお仕事ですからね』


そう笑って返された。


そもそもジュール様が魔術師だなんて知らなかった。


魔法師と魔術師は、似ているようで全く違う。

魔法師は魔法陣を必要とするが、魔術師は感覚だけで魔力を発動させる。

その威力も発動までの速度も比較にならない。


(……そんな凄い人だったなんて……)


普段のふざけた姿からは想像も……

いや、あの瞳だけは確かにちょっと異質だった。


「お嬢さま、コルヴァンさんです」


レネの声に、その姿を探す。

こちらへと走ってくるのが見えた。


「コルヴァンさん!?」


ミレーニアも彼の元へと走り寄る。

コルヴァンさんは苦しそうに息を切らしながら


「お嬢さま、結界が!!」

「まさかダメだったの!?」

「いえ……結界が修復されたと……アナスイが」

「……お母さんが?」


お母さんは魔法師だって聞いたことがある。

もしかして、それで分かるの?


「ええ。ですから、戻ってきたのですが」

「行く!」

「お嬢さま?」

「結界が修復されたってことは、もう危険じゃないってことでしょ!!行く」

「どちらへ?」

「ルシアン様のとこ!!」


屋敷にある馬小屋へと走る。

息が切れそうになって、二か月近くも運動らしい運動してこなかったことを悔やんだ。

こんなの大した距離でもないのに。


「お嬢さま!?」


厩舎にいたマルセルの驚いたような顔に挨拶する時間さえ惜しい。

それに挨拶はいつでもできる。

でもルシアン様には今すぐ会わなくてはいけない。


「お馬さん、借りてくわ!!」


ちょうど鞍がついていた馬がいたから、えいっと飛び乗る。

ワンピースで乗るのはダメだって言われてたけど、着替えている時間がないから仕方ない。


「お嬢さま!!」


追い駆けてきたレネの声。

それを無視して、手綱を握り、馬のお腹を蹴る。


「お待ちください!!!」


呼び止める声はレネだったのか、コルヴァンさんのだったのか。

もう分からない。


馬は速度を上げる。


風を切って、走る。走る。

道は狭くて、周りは木と畑ばかり。

でもこれがミレーニアの生まれた土地。

ミレーニアの大好きな場所。


「ん??お嬢さま?」

「え?……お嬢さま??」


すれ違った人に声を掛けられるけど、今はそれどころじゃない。

『またあとでー』とか『ごめんなさいー』とか叫び返して、とにかく前へ前へと馬を駆る。


そうして、ようやく辿り着いた結界ドームの前。

すでに人の姿はない。

結界石を見たが、傷はまだ残ったまま。

それでも、お母さんが『修復された』と言ったのだから、結界自体はなんらかの方法で修復されたのだろう。


(……どこにいるのかしら?……詰所?)


討伐隊の詰所へと馬の脚を向けさせる。

詰所は魔生地から少し離れた場所にある。


(王都の建物に慣れてしまったせいか、全部がこじんまりとして見えるわ)


見えてきた詰所は、石造りだけれど、規模は小さく一軒家にも見える。

二階建てのそこへと向かう。


詰所の外に、討伐隊のみんなの姿が見えた。


「お嬢さま!!」

「本当に帰ってきてたんですね!」


みんなもミレーニアに気づいて寄って来る。

その様子からも、誰かがひどい怪我をしたとかはなさそうだ。

彼らの無事を確認して、馬を預けて、ミレーニアは走る。


(どこにいるのよ……もう!!)


詰所のドアを開けて、一階を見るもルシアン様の姿は見当たらない。

勢いよく階段を駆け上がって……


「ミレーニア嬢?」

「ル……きゃああ!!」


いたけど。いましたけど!?


ミレーニアは衝撃のあまり、階段を駆け下りる。

詰所を飛び出して、とにかく、今見た記憶を忘れるために、走った。

自分の足で、走れるだけ走った。

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