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菫色の署名が導く悪女の契約。甘い悪夢は終わらない  作者: 星見蒼


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51、謎の剣士

(……誰だ?)


小さな酒場の前。

ガタイの良い男が、ルシアンの前に立っていた。


依頼主ではないだろう。

ミレーニア嬢から聞いていた家令の年齢は六十二。

対して目の前にいるのは……おそらく三十歳くらいだろう。

しかも大剣を背負っている。

どう見ても剣士だ。


「……」

「お前が銀の騎士ではないのか?」


依頼を受けるにあたって、通り名が必要だと言われたらしい。

依頼書を受け取ったジュールが勝手に決めた。

つまり、ルシアンは『銀の騎士』なんて名乗っていない。


「俺はルシアン」

「いやいや、それだと話が進まないよ。ほら、見てください。彼が銀の騎士です。見た目通りでしょう?」


どうして“銀の騎士”などという、むず痒い名前にしたのか。

普通にルシアンではダメだったのか?


「で、君は誰なのさ?」

「……」


ジュールが間に入っても、男の空気は変わらない。

敵意を感じる。

待ち合わせ場所に来たというのに、どうしてこうなるのか?


相手の出方を窺っているルシアンの代わりにジュールが話を続けた。


「こっちは答えたのに、そっちはだんまり。……このお出迎えはどういうことかなぁ?」

「……信用できん」


返ってきたその答えに、ジュールがルシアンを振り返る。

そして、にっこりと笑った。


「ね、僕の予想通りだったでしょう?」


確かにそうだが、あまりにも緊張感がないのではないだろうか?

そもそも、その予想はレネもしていた。

ミレーニア嬢を抜いて三人で話をした時、彼女とジュールは同じ考えだった。


――あのさぁ、どうみても依頼内容と報酬金額が合ってないよね?

――それはそうだが……

――しかも何があるのかも分からない、こちらは危険性も分からないんだ。

――Aランクの魔物がいるんだろう?……おそらく、だが。

――それだけ、だよ? 普通に考えてこんなに詳細が隠されることがある?……正直ギルドもなんでこれを許したのか不思議だよ。……誰も引き受けないと思ったのかもしれないけどさぁ。


ジュールは何度もレネを見た。

言外に教えろと言いたいのだろう。

だが、ルシアンはレネに約束したのだ。それを破る気はない。


――申し訳ありません


レネは頭を下げはするが、決して口を割らなかった。


――君も大概だよ。どうするのさ、ルシアン

――どうするも、なにも……

――そもそも向こうが君を受け入れるとは限らないよ?

――どういうことだ?


ルシアンは意味が分からなかったのだが、なぜかレネは頷いていた。

そして。


――頼んでおきながら……非常に言いづらいのですが。


そう前置きをして、レネは言った。


――こんな怪しげな依頼を受ける人間を、そう簡単に信頼することもできないのです


本当に訳が分からないと、ルシアンは思った。

それなら、なぜギルドに依頼を出したのか。

喉元まで出かかった疑問だが、すぐに思い直す。


(……それだけ、困窮しているわけか)


矛盾しているが、矛盾せざるを得ない。

それが今のヴェルナレット領なのだろう。


……レネは果たしてどこまで知っているのか?


ルシアンは頭を振る。

それから、改めてヴェルナレット領での行動を三人で話し合った。

そうして決めたことが。


ミレーニア嬢を、まずは“隠す”ということだった。


彼女がいれば、領地の人間が彼女を守るために、逆に領地の危機を隠すだろう、とレネから言われたのだ。

そのため、彼女を馬車から出さないようにと計画した。


そして、今、目の前で――

計画通りといっていいのか、

大剣を背負った男がルシアンたちを睨んでいる。


「なぜ、来た?」

「……依頼書を読んだからだが?」

「随分とお人よしだな?……しかも、お貴族様が」


何をもって貴族と判断されたのかは分からないが、吐き捨てるように言われ、男の苛立ちを感じた。


「そう言われてもな……」

「……まぁ、いい」


ぶん、と風がルシアンの横を切り、髪が数本地面に落ちた。

そして。

男の大剣がドンと地面に突き刺さり、振動が足元から伝わってくる。


「どういうつもりかも、役に立つかも、その身に聞いてやる!!」


男が大剣を握り直した。


同時にルシアンも腰のレイピアを抜こうとした、のだが――


「何してんのよ!!」


バンっと勢いよくミレーニア嬢が飛び出してきた。

ルシアンを守るように間に立とうとするので、慌てて腕を伸ばして抑え込む。


「バルド隊長!!ルシアン様は助けに来てくれたのに!!」


ふーふーと猫が毛を逆なでするかのように威嚇している。


可愛い。

……今はそうじゃない。

抱き寄せた腕に力を入れて、ミレーニア嬢を守る。


すると、一瞬止まった男の大剣が、再びルシアンに向かって振り下ろされる。


「お……お前!!ひぃさまに何している!!」


大剣なのに絶妙にミレーニア嬢に当たらない軌道を選んでいる。

風圧だけがルシアンを襲う。

ミレーニア嬢を抱き寄せたまま身をずらし、かろうじて風圧から逃れる。


「バルド隊長!!」

「さっさと、ひぃさまを離せ!!」


ミレーニア嬢の叫び声と、男の怒鳴り声。

ぶぉんと、耳元で唸る大剣の風を切る音。

ジュールはすでに戦線を離脱している。


(さて……どうしたものか)


相手はルシアンの話を聞いてくれるのか?

ミレーニア嬢を抱えたまま、大剣を避けながら考えていると。


「……バルド隊長」


妙に静かな声が、割って入った。

それは聞き慣れたもののはずだった。


「……お嬢さまに何をしてらっしゃるのですか?」


レネがとんっと馬車から飛び降りた。

一歩一歩、こちらへと近づいてくる。

その身に今まで一度も見たことのない威圧感を纏って。


「……レネ!!」


男の視線が、こちらからレネに向けられる。

しかもかなり動揺している様子だ。


「お嬢さまに剣を向けるなど……」

「違う!違う!!これはあの男に!!」

「サイテーです」


レネは両手を腰に当てて、フンと鼻を鳴らした。


「……待て、レネ。これは……」

「知りません。どうでもいいです。それより、コルヴァンさんはどこですか?」


にっこりと微笑むレネの姿に。


(……最初からレネが出てくれば、なんの問題もなかったのでは?)


疑問に思わずにおれないルシアンであった。

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