50、いざ、領地!!
馬車の窓を開け放つと、懐かしい草と土の香りがする。
「凄いですね~。見事に何もない!」
馬鹿にするようなジュール様を睨むも、口笛を吹いただけで気にする素振りもない。
「……本当だな」
(……う……すみませんね。田舎で)
隣からルシアン様が窓の外を覗き込んでいる。
ミレーニアを挟んだ状態で、窓に近寄っているわけで、恐ろしいほどに距離は近い。
(窓はそっちにもあります!!どうしてこっちから見るんですか!?)
近すぎてルシアン様の爽やかな緑の香りが、ミレーニアの鼻どころか脳を直撃する。
草と土の匂いに、さらにルシアン様の香り。ブレンドされすぎてクラクラする。
とりあえず退いて欲しい。この距離から離れたい。
空いている方の手で、ルシアン様を押しのける。
……そもそも、なんでルシアン様と手を繋いでいるのか?
(ドキドキして死にそうなんですけど)
それどころではないはずなのに。
こんな状況下でも無駄に跳ねる心臓。
緊急時なのに問題過ぎる。
向かいに座るレネを見れば、どういうわけか、レネはルシアン様を睨んでいる。
よく分からない。
レネの隣のジュール様を見れば、にこりと微笑まれた。
(やっぱり密かに顔がいいわよね……)
赤と青の不可思議な瞳。
オッドアイではなく、ひとつの瞳の中にそれぞれが混在している。
それなのに自然とまじりあって、違和感なく存在しているのだ。
(よくよく考えると、変な人よね?)
じーっと見過ぎたのが悪かったのか、ルシアン様の手に力が入った。
しかもなんか、くいっと引かれた気がする。
首を動かして、ルシアン様へと視線を向けた。
「……あれを見ても面白くないだろう?」
「いえ、そんなことは?」
面白いか面白くないか、で言えば微妙なところだ。
あの目だけでも、じっと見ている価値はあるのではないだろうか?
「面白くないから、俺を見るかレネを見るかどっちかにしろ」
謎な命令をされた。
っていうか、俺を見ろってなに?
心臓止まるんですけど?
仕方ないので、向かいのレネを見た。
レネは満足そうに微笑んだので、どうやら正解らしい。
ただし、ルシアン様の手にはさらに力が入った。
(……ちょっと痛いんですけどね)
訴えるかどうか悩む。
でもこれはルシアン様の優しさなのだ。
子供みたいに泣いてしまったせいで、ルシアン様は過保護になってしまわれたのだ。
仕方ない。仕方ない。
(そう、私は子供なの)
きっと精神年齢が五歳ぐらいだと思われているのだ。
安心させるためにやさしくしてくださるのだ。
(そう思ってないと無理なのよ!!)
とにかく、ルシアン様の優しさに慣れてしまわないように必死だった。
ミレーニアは外へと意識を向ける。
(……もうすぐ、ね)
同じように窓の外を見ていたジュール様が声をあげる。
「あ、看板だ。ヴェルナレット領って書いてある」
道の途中にある道しるべと同じような、木の板で簡易的に作られた看板。
(……うう……まだ、門を作れないのよ~)
資材は有限なのだ。
門に資材を使うよりは、教会や倉庫、治水など、とにかく他のところに回したかった。
そうして、領の入り口に看板を立てるだけにしたのだが。
改めて他人から指摘されると、なんとなく気恥ずかしい……。
一人悶々としている間にも、レネとルシアン様が素早くカーテンを閉める。
これはレネからの提案だった。
領地のみんなはミレーニアが戻ることを良しと思っていない。
だから、ミレーニアが外から見えないようにすべきだと言われた。
まるで必要とされていないようで悲しかった。
レネに何度も『そうじゃないんです。みんなお嬢さまが大事だからです』と言われた。
うん、って分かったふりして頷いてはみたけど、やっぱり辛い。
「あと、どのくらいで着くんだ?」
「そうですね。待ち合わせ場所は“麦芽亭”ですよね?」
「ああ……そう書いてある」
「麦芽……エールが美味しいんですか?」
ジュール様の発言にレネが冷たい眼差しを向けた。
でも待って、レネ。今ジュール様は良いことを言ったのよ。
「そうなんです!めっちゃ美味しいんです。最近出している冷たいエールが最高で」
「え?何それ?気になる!!」
「そうですよね。ぜひぜひご堪能を」
「……お嬢さま」
「ジュール」
レネとルシアン様が呆れた様にこちらを見ているが、やめるわけにはいかない。
新たな販路の獲得は重要なことだ。
「ミレーニア嬢はお酒が飲めないだろう」
(う……バレた)
「あのですね……おじさんたちがとても美味しいと大絶賛しておりまして、たぶん美味しいはずなんです」
「へぇ~楽しみだね、ルシアン」
「……そうだな」
ルシアン様はため息を吐きながらそう言った。
少し羽目を外しすぎたかなぁと、隣を窺えば、ふっと微笑まれた。
(だから、心臓に悪い!!)
「全部片付いたら、その冷たいエールで乾杯するとしよう」
「……はい」
「もちろん、君はアルコールは無しで」
「……ちょっと舐めてみるのは?」
大人の第一歩は舐めるとこからだと聞いている。
もう十八歳、成人したのだからいいのではないだろうか?
「そうだなぁ。……俺と二人なら」
「……今のはなかったことにします」
「どうしてそうなった?」
「みんなと一緒に乾杯します」
そう返したら、ルシアン様が少し不満そうに唇を尖らして。
ジュール様は楽し気に笑って。
向かいに座るレネは当然だとばかりに頷いていた。
(……なんだか信じられない)
ルシアン様がこうして隣にいることが。
夢がミレーニアの想像をはるかに超えて大きくなっていく。
手が届かないはずなのに、まるで届きそうで怖い。
(ルシアン様は、クレヴォワール侯爵子息様)
その手に握られながら、何度も脳内で反芻する。
忘れないように。忘れてしまわないように。
都合の良い夢を見て、手を伸ばしてしまわないように。
そうして馬車に揺られること一時間。
馬車がゆっくりと停車した。
「着いたみたいだね」
ジュール様の言葉に、扉を開けて飛び出そうとしたのだが、何故かルシアン様に引っ張られて、遮られた。
一番最初に降りたのはルシアン様で、次はジュール様。
そこで扉がバタンと閉められた。
(……え?なんで?)
レネと二人残されて、意味も分からず扉を開けようとしたら、レネにも止められた。
(……なにこれ? 私が知らない間に謎の協定が結ばれているの?)
せめて外を見ようとカーテンに手を伸ばしたのだが、それさえダメだと手を叩かれた。
「レネ?」
「しっ!!」
レネはドア側に寄って、外の音を聞こうとしているようだった。
だから同じように耳をぺたりと扉にくっつけた。
「……お前が銀の騎士か」
馬車の向こうから聞こえたのは、
懐かしい声。
ミレーニアは確かに領地に帰ってきたのだと、実感した。




