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菫色の署名が導く悪女の契約。甘い悪夢は終わらない  作者: 星見蒼


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49、後悔と決意

ふぅ……


つい、ため息が零れた。

今はミレーニア嬢もレネもいない。


ルシアンは背もたれに体を預ける。


「お疲れ」


ジュールが書斎の机の上にチョコレートボンボンを並べた。

馬鹿にされているようにも感じられるが、これが彼なりの労いなのだとルシアンは知っている。


「……ギリギリ、間に合ったんだよな?」

「そうだね。かなりギリギリだったけど」


ジュールは自分で置いたボンボンをひとつ掴み、包装を剥がすと口の中に入れた。

そうして、ソファに寝転がった。


それを眺めながらルシアンもボンボンを口にする。

チョコの甘さとアルコールが疲れた心を癒していく。


ミレーニア嬢の調査を依頼して僅か二日。

姉上からすぐに報告書が届いた。

それはルシアンの予想を上回るものだった。


――遡ること八年。


報告書に記載されていたのは。

彼女が八年間、当主として署名していたという事実。

国に提出されている全ての書面に彼女の魔力が刻まれていた。

そう、魔力鑑定で証明されたのだ。


(確かに……血縁による署名は認められているが)


八年前の彼女は、十歳だ。

わずか十歳の少女に、あの父親は全てを押し付けたのだ。

それも、体の弱い母親の薬代を盾に。


(くそ親父め。殺してやりたい)


彼女はそんな父親に従い、母親と家計を、そして領地を支えてきたのだ。

そして、俺との婚約で売られるように、ここに来た。


(……俺がもっと早く動いていれば)


報告書の日付は二か月も前のもの。

婚約と同時に姉上が調査した証拠だ。

俺には届けられることのなかった報告書。

それに気づいた時、『なぜ』と憤りも沸いたが、すぐに当たり前だと気づかされた。

姉上はルシアンの性格を知り尽くしている。


面倒なことを嫌い、関わろうとしない。


そんなルシアンが、当初の段階でこの報告を受けたなら。

彼女をすぐさま領地に返しただろう。


(……最低だな)


溜息を吐きながら、報告書を机の上に置く。

それから、依頼書を見た。

二週間貼り出されたままだったせいか、紙の端が少し擦り切れている。


この依頼を知ることができたのは、外務卿が知らせてくれたからだ。

外務卿は第三騎士隊の稽古場に、唐突に現れて。

そしてルシアンを見つけると、周囲の戸惑いなど気にも留めず、まっすぐに歩いてきた。

当然稽古は止まる。


――君に話がある


外務卿はそれだけ言うと立ち去っていった。

周囲が呆然とする中、隊長に外務卿のところにすぐ行くように言われ、着替えもせず、外務局へと向かった。


――報告書だ


外務卿の秘書を通して渡されたのは、たった一枚の紙。

だが、そこに。


ヴェルナレット領における異変。

各地の冒険者ギルドに貼られた依頼書。

そして、その推測。


――推測の域を出ていない以上、まだ陛下には報告していない

必要であれば、君たちが報告しろ


そして、『間違えるな』と、釘を刺された。


その報告書を片手に、ルシアンは走った。

仕事場に戻ることもせず、上司へ早退の申請もせず。

とにかく、冒険者ギルドへと。


そこで――

開けた扉の向こうで。

彼女にぶつかった。


「……遅すぎたな」


間に合ってなどいない。

ギリギリどころか、終わったも同然だ。


あんなに泣いて。

泣かせて。


彼女が泣く前になんとかするべきだったんだ。


「間に合ったよ」


ジュールが言う。

ふわりと、彼らしくなく笑って。


「まだ、これからだ」


確かにそれはその通りで。

終わってはいない。


かならず、今度こそ。

間に合わせる。


「ジュール、支度を」


ルシアンは依頼書を懐にしまい、椅子から立ち上がる。

ところが、ジュールは何故か「うーん」と唸った。


「ルシアン、君……休暇申請した?」

「……それも頼む」

「やっとくけどさぁ……辞めさせられるよ?」

「まぁ……その時はその時だ」


これ以上、後手に回るわけにはいかない。

彼女の人生が掛かっているのだ。


自分の人生など、今はどうでもいい。


「ほんと、馬鹿だよね」


呆れたようなジュールの言葉に、

それはとっくに知っている、と思った。

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