表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
菫色の署名が導く悪女の契約。甘い悪夢は終わらない  作者: 星見蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/70

48、婚約者

馬車の中でも、侯爵邸に着いてからも、ずっとレネと手を繋いだままだった。

子供みたいだなって思ったけど、怖くて手は離せない。


レネは安心させるように笑ってくれていた。

でも、馬車を下り、ルシアン様の手を借りてから、すぐにその後下りてきたレネの手を掴んだら、さすがに呆れたような顔をされた。


それから、なぜかレネはルシアン様を見て、ふふんって得意げな顔をした。

ちらりとルシアン様を窺えば、一瞬眉をひそめていたが、ミレーニアの視線に気づいて、微笑んだ。


(……あぁ、やだなぁ……ただでさえ、威力が凄かったのに)


好きだなんて思ってしまったら、そりゃもう心臓に悪い。

ドキドキが止まらない。


しかも、だいぶ時間も経ち、冷静になってきた。

混乱って恐ろしい、人ってあんな……あんな……大胆になるものなの?

っていうか、大胆を通り越して図々しいのでは?

ルシアン様に抱き着くなんて……


恥ずかしさも相まって、レネの手を離せない。

そのまま二人でミレーニアの部屋に戻るつもりでいたのに、ルシアン様の書斎に連れて行かれた。


黒檀の深い色あいの机、それから同じ色の棚。

初めて入るルシアン様の書斎。

くんと鼻を動かして匂いを嗅ごうとする自分に呆れる。


「ミレーニア嬢?」


足を止めてしまったミレーニアに、先を歩いていたルシアン様が不思議そうに振り返る。

なんでもないです、と頭を振ってから、勧められたソファに座る。

レネが立ったままでいようとするから、ぐいっと引っ張って隣に座らせた。

別にいいですよね!と圧を込めてルシアン様を見れば、苦笑された。

それにさえ、心臓が動きを止めそうになるのだから、勘弁してほしい。


ルシアン様は向かいのソファで優雅に脚を組んだ。


(あ……)


初めて会った時のことを思い出す。

場所は応接間だったけど、隣にレネもいなかったけど。

今みたいにルシアン様がいて、ミレーニアを見ていた。


あの時は、『綺麗だな』ってただ圧倒されていただけだった。

でも今は。


「どこから話したらいいのか……」


そう言って戸惑うルシアン様に、胸の奥があったかくなる。

ミレーニアのことを考えてくれるのが嬉しい。


「お嬢さま方、はい、どうぞ」


おどけたように間に割って入ってきたジュール様が、紅茶をテーブルの上に置いていく。レネの分もちゃんと入れてくれて、ルシアン様の好きなチョコレートボンボンも添えてある。


「ジュール、それはお酒だ」

「え~ルシアンのために用意したのに?」

「……蜂蜜クラッカーがあるだろう?あっちにしろ」

「我儘だなぁ……あ、ルシアンも変えるの?」

「……俺は」

「私とレネの分だけで。ルシアン様はそのままにしてあげてください」


ミレーニアが横からそう言えば、ジュール様はおどけたように『仰せのままに~』と返してきた。

お皿に乗っていたボンボンは回収されて、すぐに蜂蜜クラッカーが補充された。

お皿は一つで、蜂蜜クラッカーはなぜか四つ。


「一応、ルシアンの分も追加したから」

「……なんで四つなんだ?」

「え?ルシアンが二つ食べるかなと思ったんだけど?」

「……」


見慣れたルシアン様とジュール様のやり取り。

なんだか、おかしくて笑ってしまいそうになって。


そして、幸せだなと思う。


(……もう、このふたりの掛け合いも見られない)


たった二か月なのに。

ここから離れるのが、寂しいと思ってしまうなんて。


でも。


「ルシアン様、今までありがとうございました」

「……ミレーニア嬢?」


膝の上に置いた手が震えそうになるのをこらえる。


領地が危機だって知った。

父親の命令に背いたとしても、もうじっとはしていられない。

たとえ、領地のみんながミレーニアを必要としていなくても。

それでも。

ミレーニアにとっては、大事な場所なのだ。大切な人たちなのだ。

大人しくなんてしていられない。


「契約を破ることになって、申し訳ありません」


ぐっと頭を下げた。

目に涙がたまる。

右手をレネの方に伸ばして、レネの手を握りしめる。

行儀が悪いと言われても、そうでもしないと涙が落ちてきそうで。

堪えるために必死だった。


「……ミレーニア嬢」


随分と近くから声がした。

膝の上に置いたままだった左手の、手の甲が温かい。


ゆっくりと目を開けると、左手が大きな手に包まれている。

顔を上げれば、ルシアン様がいた。


ルシアン様は膝をついて、ミレーニアを見上げている。

アイスブルーの瞳が少しだけ悲しそうで。

それは、あの夜会の日と同じで、なぜか痛みを感じた。


「あの……」

「君がすぐにでも領地に戻ろうと思っているのは分かった」


ルシアン様の右手がミレーニアの頬に触れた。

いつの間にか零れ落ちていた涙を拭きとってくれている。

少し強い力に、思わず眉が寄る。

それに気づいたのか、ルシアン様の手がぱっと離れた。


「……すまない」

「いえ、大丈夫です」


ルシアン様は立ち上がって、また向かいのソファに座り直す。

そのタイミングで、ジュール様がテーブルの上に一枚の紙を置いた。


(……依頼書)


ヴェルナレット領からの、討伐の依頼書が目の前にある。

どういうことなのか、とルシアン様を見れば。


「これは俺が引き受けた」

「え?」

「……この依頼書が王都の掲示板に張り出されてから、二週間」

「……」

「Aランクの任務に対して、報酬が安すぎるのと、詳細が分からない、その二点で引き受ける者が現れないのだろう」


ぐっと喉が鳴る。

膝の上の手に力が入る。


(……私たちにとっては、その金額でも痛いぐらいなのに)


予算のギリギリを、いやどこかを削って、捻出したはずだ。

それでも、足りないのだ。


……悔しい。

ミレーニアが領地にいれば。


(ううん……私だって何もできなかったかも)


父親からお金を引き出させることが一番の近道だろうが、もっとも非現実的だ。

あの人は、あの男は、領地から絞るだけ絞り取ることしかしない。

……与えるなんて、あり得ない。


「依頼書をこのまま張り出していても、おそらく誰も引き受けないだろう」

「……」


せめて詳細が書かれていれば違ったかもしれないのに。

……どうして。


レネを見るが、レネは何も言わない。

下を向き、手を震わせている。


「答えたくないなら、何も言わなくていい」


それはレネに向けられた言葉だった。

バッとレネがルシアン様を見た。

その視線を受けて、ルシアン様が大きく頷く。


「引き受けたのだから、どうせ知る。だから何も言わなくていい」


ルシアン様の言葉に、レネの瞳からボロボロと涙が零れた。

ずっと、ずっと耐えてきたのだろう。

それなのに、ミレーニアは、自分のことしか考えられず、しかもレネから逃げようとしたのだ。


ぎゅっとレネの手を握りしめる。


それから、ルシアン様を見た。

アイスブルーの瞳は、まっすぐにミレーニアを見返していた。


「ミレーニア嬢。俺は君の婚約者だ」


射抜くような視線の強さに、緩くなった涙腺からはまた、涙があふれて流れ落ちていく。


今日一日でどれだけ流せばいいのか。

泣き慣れてしまったのだろうか。


ルシアン様が再びミレーニアに近づいて、膝をつく。


「だから、俺も一緒に行く」

「……ありがとうございます」


ミレーニアは頭を下げる。

どんなに下げても、下げ足りない。


「頭を上げてくれ……謝らなくてはいけないのはこちらだ」


驚いて顔を上げれば


「今まで気づかなくて、すまなかった」


ルシアン様の方が頭を下げていた。


まさか、そんな風に思っているなんて。

ミレーニアは慌てて首を左右に振る。


「ルシアン様が謝る必要なんて……」

「何度でも言う。俺は君の婚約者なんだ」


ただ、形だけの婚約。

それさえ偽りのようなものなのに。


ルシアン様はミレーニアを婚約者として

守ろうとしてくれる。


(本当に……愚かな人)


私生児のミレーニアに価値なんてない。

石ころに、そんな心を掛けなくてもいいのに。


やさしさが嬉しくて。

そして痛くて。


ミレーニアは、口の端を上げて笑ってみせる。

上手く笑えたのか、自分では自信がなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ