43、目つきの悪いメイド
「これをお母さんに……」
いつものマッサージを終えた後、お嬢さまから薄い箱を渡された。
淡い緑色のリボンが綺麗に巻かれていて、その上にはメッセージカードも添えられていた。
(また……ご自分のためではなく……)
本来は褒められるべき優しさだと分かっている。
この間もつい、余計なことを言ってしまった。
(……でも、これはアナスイさんのだし)
お嬢さまの母親のアナスイさんのものであれば、お嬢さまのものと同じ。
……とは、レネは思えない。
お嬢さまがそう思っていたとしても。
ただ、さすがにそこまで踏み込むのは違うと思っているので、今回は黙った。
「分かりました。明日必ず、送る手配をしますね」
「……うん」
(……なんだか、いつもと様子が違うわ)
いつもなら、もっと喜ぶのに。
嬉しそうに笑うのに。
それがたとえ仮面だったとしても。
それでも、お嬢さまは笑うのに。
ふと、部屋の隅の机の上へと、視線を止めた。
同じような紫色の――
菫色のリボンでラッピングされている箱がある。
「あれは?」
「……私のものだから」
自分の物にラッピングなどしないだろう。
おそらくは坊ちゃまが買ったのだ。
「こちらも坊ちゃまが?」
あの坊ちゃまは、無神経なところがある。
悪気がないのは分かるが、それが刺さることもあるのだ。
「……それは、私が買ったの」
ぐっと喉元で音が鳴りそうになった。
なんとか唾を飲み込んで堪える。
(お嬢さまの分は贈って、アナスイさんの分は買わなかったのね)
そこまでしたのなら。
いい加減、この状態をなんとかしてほしい。
お嬢さまを助けてほしい。
この人は、この子は、諦めているのだ。
それは、ここに来る前から。
もう何年も、ずっとだ。
幼い頃から、領地を走り回り、領地の為に生きてきた。
自身の幸せを、母親や領地に置き換えて。
その痛みに気づくこともできないまま。
そんなもの誰も願っていないのに。
このまま何も知らずに、契約の二年を超えても。
ずっと、ずっとここにいればいい。
そう。みんな思っているのだ。
――魔生地が危ないかもしれない。結界の様子がおかしい。お前は絶対に戻ってくるな。お嬢さまを戻すな。
――ミレーニアをお願いね。ごめんなさいね。あなたに全てを押し付けて。
領地の異変を知らせる手紙を受け取ったときには、帰りたいと思った。
でも、お嬢さまを守るためには、ここに残らなくてはいけない。
それが苦しいかと訊かれれば、苦しい。
でも、お嬢さまはこの苦しみを、ずっと、ずっと。
十歳の頃からずっと味わってきたのだ。
ぐっと奥歯を食いしばる。
笑うんだ。
お嬢さまがずっと笑ってきたように。
「これには何が?」
なんとか口の端を持ち上げて。
そうして、そっと託された箱を撫でる。
「……ショール。お母さんが喜んでくれるといいなって思って」
「喜びますよ」
あちらの箱には何が入っているのか。
いつか、お嬢さまがあの箱を開ける日がくるのか。
「……お手紙のお返事が早く届くといいですね」
そっと掌を栗色の頭の上に乗せる。
ゆっくりと動かせば、ぎゅうっと腰に抱き着いてきた。
自分にできるのは傍にいるだけ。
この手でお嬢さまに触れて、抱きしめて。
少しでも安心できるようにと。
(……それも、もう無理かもしれない)
ぐっと奥歯を噛む。
何をしているのか、あの坊ちゃまは。
追い詰めるだけ、追い詰めて。
いつになったら、お嬢さまを助けてくださるのか。
あまりの苛立ちに何度睨みつけたことか。
それさえ、坊ちゃまは気づかない。
どうやらレネは目つきが悪いと思われているらしい。
……本当は分かっているのだ。
自分だって何もできずに、イライラして、それをあの坊ちゃまに八つ当たりしているだけだと。
それでも。
(もう、あの坊ちゃまに頼るしかないのよ)
ここまで。
お嬢さまの、心の奥まで。
もう坊ちゃまは辿り着いてしまった。
それは、レネにもできなかった。
誰にも。
……もしかしたら、アナスイさんですら、できなかったことかもしれないのだ。
(早くして。助けて)
お願い。
レネは、ぎゅっとぎゅっとお嬢さまを抱きしめる。
苦しくて、悲しくて、どうしようもなくて。
そんな気持ちを、押し込めるように抱きしめた。




