38、それぞれの収穫
「土……土が大事なんですね。……やっぱりそうか……」
「そうじゃよ。何事も土じゃ。人工魔樹に限らん。すべての植物に言えることじゃ」
「うちの土はどうなんだろう……」
「まぁ、人工魔樹は五種あるからのぉ。何かしら適する物があるじゃろ」
「そうだといいんだけど……う~ん……」
「無駄足にならんように、予め調査をした方がいいぞ」
「……調査」
「そうじゃ。それも必ず、その場所の」
「予定地のってことですか?」
「その通り、同じ領地内でも、場所によって土の状況が違うことはあるからのぉ」
「……ううう……お金、お金が……掛かるなぁ……」
ヴェルナレット嬢と魔樹じぃのジャンが、文字通り膝を突き合わせて話している。
二人の前には、話題となっている魔樹。
温室には、全部で五本の魔樹がある。
管理しやすくするため、大きくなりすぎないよう剪定されている。
背丈はどれも、ルシアンより少し高いぐらいだ。
深い緑色の葉に、小さな蕾がいくつもあり、透明な輝きを放っている。
これがやがて花開き、色を変え、そして魔石へと成長していくのだ。
「はぁ……いいなぁ……」
ヴェルナレット嬢は魔樹を見つめては、ため息をつく。
そしてまた、ジャンにあれこれ質問をしている。
熱心すぎてジャンに詰め寄る勢いだ。
……非常に距離が近い。
(羨ましい……)
二人が真剣に人工魔樹について話しているのは分かるのだが、どうしたってルシアンの感想はそこになる。
他にあるとすれば、きらきらと輝く菫色の瞳が可愛いな、だ。
それだって、向けられているのはジャン、もしくは人工魔樹なわけで。
“羨ましい”ばかりだ。
(いつもと同じでカフェだったら……あの目は俺にも向けられていたのに)
今日は休日だが、行き先をカフェから、自邸の温室に切り替えた。
ヴェルナレット嬢はそれを知ると、とても喜んだ。
ルシアン自ら伝えに行ったのだが、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねた後、バッとルシアンの方に飛び込んできた。
そして、小さなやわらかい手が、ルシアンの両手を掴み、くるくると回った。
ルシアンと一緒にくるくると。
「ありがとうございます!!」
喜んでくれたのは嬉しい。
今までで一番の笑顔だったと思う。
でも、手が離れるのも早かった。
「あ、すみません!!」
別にいいのに、小一時間、その状態でなんの問題もなかった。
しかし、彼女は切り替えが早い。
「行きましょう!!今すぐ行きましょう!!」
そうして。
離したはずのルシアンの手を無造作に掴んで、引っ張って。
温室へと飛び出したのだ。
(そこまでは良かったんだけどな……)
「ヴェルナレット領では何が採れるんじゃ?」
「うちは小麦とじゃがいも、レンズ豆、ひよこ豆……あ、あと、ハーブも」
「ほうほう、どれも土地を選ばず育てやすいものばかりじゃな」
「そうなんです。おかげで助かってはいるんですが……」
「なに、凹むことはない。ヴェルナレット領はこれからじゃ」
「……ありがとうございます!!」
ジャンの言葉に、ヴェルナレット嬢の口元が綻ぶ。
(俺が見た、さっきの笑顔よりも、もっと、ずっと嬉しそうだ)
その笑顔が眩しいと思う。
真っすぐに、ひたすらまっすぐに。
彼女が領地のために、心を注いでいるのが分かる。
それなのに、ルシアンを見て欲しいなどと、口が裂けてもいえない。
なによりも、もうその笑顔が見られるなら、なんでもいいような気がした。
そう思って、ふたりの傍からそっと離れて、
邪魔にならないよう、温室の隅にあるベンチに移動しようとしたのだが。
「え?……どうしたんですか?」
ルシアンの動く気配に気づいたのか、ヴェルナレット嬢が訊いてきた。
なんと答えを返せばいいのか悩んで、反応が遅れてしまったルシアンは、ジャンに先を越されてしまう。
「面白くないんじゃろ」
「え?とっても面白いと思いますけど……?」
「そうじゃない。ワシとばっかり話しておるじゃろ?坊ちゃまにしたら面白くないさ」
(いや……そうだが、どうしてそれを言う!!)
ルシアンは内心冷や汗をかく。
だが、ヴェルナレット嬢は分からなかったのか、不思議そうにルシアンとジャンを交互に見た。
それから、ポン、と小気味良い音を立てた。
「ああ、私ばっかり質問してましたね。ルシアン様、ごめんなさい」
彼女が胸元で両手を叩いたのだ。
その音に合わせて、胸元のリボンと、それから、高い位置で結われた髪が揺れる。
(……く、可愛い)
ズレた発言も、なにもかもが可愛くて。
敗北すら感じる。
「いや……俺のことは気にしなくていい」
(気にしてほしくないと言ったら、嘘だけどな……それでも)
ルシアンと話すよりも、ジャンと話す方が、彼女にとってはよっぽど有益だ。
先ほどの笑顔がそれを証明している。
「あの?」
不思議そうに傾けられた頭。
それを、ルシアンはゆっくりと起こした。
頬に触れて、温かさに触れて。
(……あぁ)
頬がうっすらと桜色に染まる。
瞬時に尖る唇。
それを見て、ルシアンは満足した。
「な……なにするんですか!!」
「ほら、聞きたいことがまだあるんだろう?」
そう言って、ルシアンはジャンを指さした。
向けられた先のジャンは、目を真ん丸にしている。
「ありますけど!!……そうじゃなくて!!」
彼女は立ち上がって、ルシアンに抗議してくる。
上から見下ろされた。この角度は新鮮だ。
でも、できれば近い方がいい。
だからルシアンも立ち上がる。
「あのですね!!淑女の顔に勝手に触れないでください!!」
「分かった。次からは許可を求める」
「……そういうことじゃないですし、許可なんてしませんから!!」
ぷいっと背中を向けられ、勢いよく髪がゆれた。
それさえ可愛く思えて、街中デートでは得られなかった、何かが確かにある。
(……ま、いっか)
他の男と喋るのは気に入らないけれど。
それでも、知らなかった彼女を知れた。
ルシアンにとっても、この温室デートは。
――充分な収穫だった。




