表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
菫色の署名が導く悪女の契約。甘い悪夢は終わらない  作者: 星見蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/70

38、それぞれの収穫

「土……土が大事なんですね。……やっぱりそうか……」

「そうじゃよ。何事も土じゃ。人工魔樹に限らん。すべての植物に言えることじゃ」

「うちの土はどうなんだろう……」

「まぁ、人工魔樹は五種あるからのぉ。何かしら適する物があるじゃろ」

「そうだといいんだけど……う~ん……」

「無駄足にならんように、予め調査をした方がいいぞ」

「……調査」

「そうじゃ。それも必ず、その場所の」

「予定地のってことですか?」

「その通り、同じ領地内でも、場所によって土の状況が違うことはあるからのぉ」

「……ううう……お金、お金が……掛かるなぁ……」


ヴェルナレット嬢と魔樹じぃのジャンが、文字通り膝を突き合わせて話している。


二人の前には、話題となっている魔樹。


温室には、全部で五本の魔樹がある。

管理しやすくするため、大きくなりすぎないよう剪定されている。

背丈はどれも、ルシアンより少し高いぐらいだ。

深い緑色の葉に、小さな蕾がいくつもあり、透明な輝きを放っている。

これがやがて花開き、色を変え、そして魔石へと成長していくのだ。


「はぁ……いいなぁ……」


ヴェルナレット嬢は魔樹を見つめては、ため息をつく。

そしてまた、ジャンにあれこれ質問をしている。

熱心すぎてジャンに詰め寄る勢いだ。

……非常に距離が近い。


(羨ましい……)


二人が真剣に人工魔樹について話しているのは分かるのだが、どうしたってルシアンの感想はそこになる。

他にあるとすれば、きらきらと輝く菫色の瞳が可愛いな、だ。

それだって、向けられているのはジャン、もしくは人工魔樹なわけで。

“羨ましい”ばかりだ。


(いつもと同じでカフェだったら……あの目は俺にも向けられていたのに)


今日は休日だが、行き先をカフェから、自邸の温室に切り替えた。

ヴェルナレット嬢はそれを知ると、とても喜んだ。

ルシアン自ら伝えに行ったのだが、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねた後、バッとルシアンの方に飛び込んできた。

そして、小さなやわらかい手が、ルシアンの両手を掴み、くるくると回った。

ルシアンと一緒にくるくると。


「ありがとうございます!!」


喜んでくれたのは嬉しい。

今までで一番の笑顔だったと思う。

でも、手が離れるのも早かった。


「あ、すみません!!」


別にいいのに、小一時間、その状態でなんの問題もなかった。

しかし、彼女は切り替えが早い。


「行きましょう!!今すぐ行きましょう!!」


そうして。

離したはずのルシアンの手を無造作に掴んで、引っ張って。

温室へと飛び出したのだ。


(そこまでは良かったんだけどな……)


「ヴェルナレット領では何が採れるんじゃ?」

「うちは小麦とじゃがいも、レンズ豆、ひよこ豆……あ、あと、ハーブも」

「ほうほう、どれも土地を選ばず育てやすいものばかりじゃな」

「そうなんです。おかげで助かってはいるんですが……」

「なに、凹むことはない。ヴェルナレット領はこれからじゃ」

「……ありがとうございます!!」


ジャンの言葉に、ヴェルナレット嬢の口元が綻ぶ。


(俺が見た、さっきの笑顔よりも、もっと、ずっと嬉しそうだ)


その笑顔が眩しいと思う。


真っすぐに、ひたすらまっすぐに。

彼女が領地のために、心を注いでいるのが分かる。

それなのに、ルシアンを見て欲しいなどと、口が裂けてもいえない。

なによりも、もうその笑顔が見られるなら、なんでもいいような気がした。


そう思って、ふたりの傍からそっと離れて、

邪魔にならないよう、温室の隅にあるベンチに移動しようとしたのだが。


「え?……どうしたんですか?」


ルシアンの動く気配に気づいたのか、ヴェルナレット嬢が訊いてきた。


なんと答えを返せばいいのか悩んで、反応が遅れてしまったルシアンは、ジャンに先を越されてしまう。


「面白くないんじゃろ」

「え?とっても面白いと思いますけど……?」

「そうじゃない。ワシとばっかり話しておるじゃろ?坊ちゃまにしたら面白くないさ」


(いや……そうだが、どうしてそれを言う!!)


ルシアンは内心冷や汗をかく。

だが、ヴェルナレット嬢は分からなかったのか、不思議そうにルシアンとジャンを交互に見た。


それから、ポン、と小気味良い音を立てた。


「ああ、私ばっかり質問してましたね。ルシアン様、ごめんなさい」


彼女が胸元で両手を叩いたのだ。

その音に合わせて、胸元のリボンと、それから、高い位置で結われた髪が揺れる。


(……く、可愛い)


ズレた発言も、なにもかもが可愛くて。

敗北すら感じる。


「いや……俺のことは気にしなくていい」


(気にしてほしくないと言ったら、嘘だけどな……それでも)


ルシアンと話すよりも、ジャンと話す方が、彼女にとってはよっぽど有益だ。

先ほどの笑顔がそれを証明している。


「あの?」


不思議そうに傾けられた頭。

それを、ルシアンはゆっくりと起こした。

頬に触れて、温かさに触れて。


(……あぁ)


頬がうっすらと桜色に染まる。

瞬時に尖る唇。

それを見て、ルシアンは満足した。


「な……なにするんですか!!」

「ほら、聞きたいことがまだあるんだろう?」


そう言って、ルシアンはジャンを指さした。

向けられた先のジャンは、目を真ん丸にしている。


「ありますけど!!……そうじゃなくて!!」


彼女は立ち上がって、ルシアンに抗議してくる。

上から見下ろされた。この角度は新鮮だ。

でも、できれば近い方がいい。

だからルシアンも立ち上がる。


「あのですね!!淑女の顔に勝手に触れないでください!!」

「分かった。次からは許可を求める」

「……そういうことじゃないですし、許可なんてしませんから!!」


ぷいっと背中を向けられ、勢いよく髪がゆれた。

それさえ可愛く思えて、街中デートでは得られなかった、何かが確かにある。


(……ま、いっか)


他の男と喋るのは気に入らないけれど。

それでも、知らなかった彼女を知れた。


ルシアンにとっても、この温室デートは。

――充分な収穫だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ