37、銀の君の混乱
……意識が持っていかれる。
自室に戻っても、ルシアンはいつものようにソファに寝転がることもできなかった。
つい腕の中の重さ、温かさ、熱さを思い出そうとしてしまう。
紳士として如何なものかとは思うが、どうしても反芻してしまう。
「大丈夫かい?」
ルシアンに笑いながら声を掛けてくるのは、ジュールだ。
ジュール以外いない。
「……大丈夫なわけがない」
そう、素直に答えたら余計に笑われた。
ムカつく。ムカつくが、今はそれくらいがちょうどいい。
あの後、ヴェルナレット嬢を部屋に運んで、ソファに座らせた。
正直、ベッドの上に置く方が楽だったのだが、後々のダメージを考えると、絶対にやめた方がいいと、無意識に判断していたらしい。
それにしても……
改めてどうしてドレスを着たのかと彼女に確認したところ
――悪女契約なので。
実に彼女らしい真面目な返答だった。
しかも最も悪女っぽいドレスを着用したそうだ。
確かに彼女らしくない雰囲気に仕上がっていた。
(……どうせやるなら、普段の彼女の可愛らしさを前面に出せばいいものを)
しかし、行動はどこまでも彼女で、ヒールを落とす荒業には驚かされる。
足が出る心配の方をして欲しいのだが、絶対にそこまで気にしていない。
(ある意味、立派な悪女なんだが……)
ルシアンは振り回されまくっている。
紛れもなく、あの可愛い悪女に溺れている。
気づいていないのは……おそらく、本人だけ。
……屋敷中の視線が痛いくらいだ。
(靴擦れをしていたと言っていたなぁ)
彼女からではなく、マルグリットからの報告だ。
無理をしなくていい、と言っても彼女には通じないようだ。
どうしたものかと悩んでいたところで、ノックの音が聞こえた。
「はいはい」
ジュールがルシアンに許可を取ることもなく、部屋のドアを開ける。
文句を言うべきところなのかもしれないが、今はその気力もない。
現れたのは、アルマンだった。
「どうした?」
「……ヴェルナレット嬢が、温室に興味がおありということで、本日ご案内致しました」
「温室……って、あの研究棟のことか?」
「はい、農作物の改良と、それから人工魔樹のことを知りたいそうでして」
なんでそんなものを、と思ってしまう。
女性はあまり興味を持たない内容ではないのだろうか?
(……いや、そもそもヴェルナレット嬢が何に興味があるかなんて……)
知らない。
女性たちが好きな、ドレスも宝飾品も好きそうではない。
綺麗だな、とか、可愛いな、とかそういう感想は持つようだが、熱意は感じられない。
かといって、ルシアンのように甘いものが物凄く好きというわけでもなさそうで。
この間の“蜂蜜クラッカー”が唯一、反応を示したものだった。
(あれは美味しかった。甘すぎなくて……)
ヴェルナレット嬢のようだ。
そう思う自分は、完全に彼女に汚染されている。
非常に言い方は悪いが、そうとしか思えない。
(しかし……温室かぁ……)
次の休みには、彼女と一緒に温室で過ごせばいいのだろうか?
脳裏に二人で温室に行く様子を描いてみる。
(普通に温室ならまだしも、要は研究棟だしなぁ)
なんの興味もないのだ。
絶対に暇だ。いや、彼女が興味があるのなら、暇でも我慢すべきか。
……ん?
あの格好で温室に行ったというのか?
深紅のドレスは体の線を綺麗に出していたし、サイドには控えめながらスリットも入っていた。抱き上げてから気づいて、微調整をさせられたのだ。
しかも、髪は緩く結われ、うなじが少し見え隠れし……絶妙に……こちらを刺激していた気がする。
(……本当に、あの格好で!?)
口にしなかった疑問を、アルマンが確かに受け取り、大きく頷いた。
「……なぜ、止めなかった」
「いえ……その……」
「あんな格好で、誰と話した!?」
「……」
「……くく……そこ、そこなんだ!!」
あははとジュールが笑う。
そうは言うが、あれは良くないだろう?
胸元だってワンピースの比では……いや、意外とあの大きな薔薇が邪魔してたかもしれない。見てはいけないと目を逸らしていたから、分からない。
「坊ちゃま、落ち着かれてください」
立ち上がっていたらしいルシアンの肩を、ぐっとアルマンが掴みソファへと押し戻された。
「しかし!!」
「ご本人もドレス姿では非常に動き回りにくいと判断されまして」
「……本人? ヴェルナレット嬢本人という意味か?」
「ええ、さようでございます」
「……そうか」
「なので、明日以降はいつものワンピースに戻られるかと」
「……そうか」
(だが、今日見たやつはいるよな?)
そう喉元まで出たが、アルマンが冷たく見下ろしてくるので、口にはしなかった。
そして後ろではいまだにジュールが笑い続けていた。




