36、悪女の混乱
「……」
「……」
せっかくだから、その格好でルシアン様をお出迎えしたらどうか、と周りから言われた。
それとは別に、その格好でルシアン様をお出迎えするのはちょっと……という意見もあったらしい。
どちらの数が多かったのかは知らないが、ミレーニアは今、悪女としてルシアン様の前に立っている。
眉間の皺が凄い。
沈黙が長い。
それなのに、視線が全然離れない。
仕方なくミレーニアもルシアン様を見る。
なんとなく睨んでいるようになってしまった気がする。
「……その格好」
「はい」
「辛くないのか?」
おっと?そう来ましたか?
そこは、よく似合っているとか、完璧な悪女だとか褒めるべきところですよね?
相変わらず褒めることができないでいらっしゃる。
なんならミレーニアは褒めなくても良いので、ここまで仕立て上げた侍女の腕を褒めるべきでは?
(そもそも辛いってなに?)
よく分からなかったが、ミレーニアはとりあえず答えた。
「……大丈夫です」
「無理はしなくていいのだが?」
首を傾げられた。
なんか可愛く見えてムカついてきた。
「いえ、大丈夫です」
「ヒールも苦手だった気がするが……」
確かに辛いし痛い。ちょっと靴擦れができてしまった。
思わず後ろに足を引くと、間の悪いことにバランスを崩してしまった。
よろける体は、ルシアン様がとっさに腕を伸ばして支えてくださった。
「……あの!!」
近い!と文句を言おうとした。
これぐらい大丈夫です、と続けようとした。
でも。
ぐいっと抱えあげられてしまったのだ。
「へ……平気です!!」
いつもと違う角度で見上げたルシアン様は、やっぱり綺麗で美しくて。
脳が混乱している。
匂いもいつもと違う。
さわやかな緑の匂いのなかに、汗の匂いがちょっとだけ混じって。
余計にドキドキする。
どうしよう。なにこれ。
心臓が破裂しそうだ。
「お、ろしてください!!」
「ダメだ」
「平気です」
「平気じゃない」
「あの、ほら!!」
ミレーニアは、足をバタバタさせた。
暴れてもルシアン様の腕は緩まないし、がっしりと抱えられていて、とても安心感がある。
おかげで、非常に暴れやすかった。
「脱ぎました!!」
ぼとっと、ヒールを落とした。
サイズがちょっと合ってなかったことが幸いした。
これがきっちりしていたら、脱げなかっただろう。
重厚な絨毯の上に、ミレーニアの悪女ヒールが転がっている。
ルシアン様の視線がそちらへ流れ、そしてまた戻ってきた。
「……そうじゃない」
脱いだから歩けると宣言したのに、呆れたようにため息を吐かれた。
その息すら近くて、熱くて。
もうどうしたらいいか分からない。
なんでこうなったの?
悪女契約を遂行しようと頑張っていたはずなのに。
なんで……こんな……お……ひめさま抱っこなんて……!!
無理、無理すぎる!!
ルシアン様を直視なんてできるはずもなく、視線を逸らした先。
侯爵邸の磨き上げられた窓に、うっすらと映ったのは、美しい悪女の姿。
(……すごいわ。なんか……絵になってる)
……もしかして、これは。
完璧な悪女契約そのものということ?
悪女のドレスを着ているから、悪女として部屋に運ばれていて。
……つまりは、このまま悠然と運ばれるべきということ?
悠然とって……どうやって??
「危ないから、首に手をまわして」
ルシアン様が教えてくださった。
だから、その通りにした。
なのに、なんでかルシアン様が息を呑んだ。
間違えたのかと思って、手を外そうとしたのに。
「それでいい。とにかく大人しくしてくれ」
おずおずと元の場所に戻す。
っていうか……ものすごくルシアン様が近いんですけど?
顔が、顔が……
(私の顔はどこに置いたらいいのよ~)
もう恥ずかしすぎて、とにかく顔だけでもルシアン様から離そうと必死だった。




