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菫色の署名が導く悪女の契約。甘い悪夢は終わらない  作者: 星見蒼


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35/70

35、昼下がりの悪女

……完全に間違えたわ。


ミレーニアは、後悔していた。

コルセットの苦行に耐えたというのに、よく考えたら今日は平日だ。


――悪女になる意味は?


侯爵邸の中をウロウロして“悪女よ”と歩き回ったところで、使用人たちの邪魔をしているだけだ。

それでも部屋に籠っているのも馬鹿らしく、せっかくだからと侯爵邸内を散策している。勿論、邪魔にならないように。


……みんなが驚いて手を止めているから、やっぱり邪魔しているのかもしれない。

けれど、ミレーニアの後ろを歩くレネの顔を見て、安心したように仕事へ戻っていくので、誰なのかは認識されているらしかった。


「……お嬢さま、どこまで行かれる予定ですか?」

「そうね……庭園に行こうかしら」


薔薇のドレスで庭園なんて、ご令嬢って感じだ。

ふふんと鼻歌を歌いながら、ミレーニアはレネを従え、何度か散策したことがある庭園へと向かった。



(うわぁ~やっぱりすごいなぁ)


この間来た時には蕾だった薔薇たちが、満開を迎えていた。

淡いピンクの小さな薔薇もあれば、白く清楚に咲いていたり。

今ミレーニアが着ているドレスのように、華やかな大輪の赤い薔薇もある。


「すごいですね……」

「うん……野ばらの可愛さもいいけど、こういう如何にも薔薇ってのもいいわね……って、うわっ!!」


周りに気を取られていて、久しぶりのドレスと、何より慣れない高めのヒールに躓きそうになった。


「……靴、替えられた方がいいのでは?」

「ダメよ!!ここまで完璧な悪女にして貰ったのよ」

「でもですねぇ……」

「大丈夫だって。疲れたら、あそこのベンチに座るし」


庭園の中にある東屋を示した。

こじんまりとした、壁のない木造の家のような東屋。

ちょっと高台にあって、庭園を見下ろせる位置にある。

風も良く通って、とても心地いいのだ。


ふと、ミレーニアの視界に、きらりと何かが光った。


(ん……あぁ……あれは)


庭園のさらに奥。

緑の木々の間で、透明な光がゆらりと揺れている。


(……結界ドームに似ているような……?)


「……どういうことかしら?」

「ん? 何がですか?」


ミレーニアより背が低いレネには見えないのかもしれない。

光の方を指で示してみる。


「え~……なにも見えないです」

「そう……」


メイドとして働いているだけあって、ミレーニアより侯爵邸のことに詳しかったりするのだが、庭園の奥の謎までは分からないらしい。


気にはなるが、勝手に入るわけにもいかないだろう。

なんとなくがっかりしていると


「あちらは研究施設です」


唐突に声がして、振り返るとアルマンさんがいた。


「え?アルマンさん?」

「日傘をお忘れですよ」


そう言ってアルマンさんはミレーニアではなく、レネに日傘を渡した。

レネは受け取ると、パッと開いた。


(……な、なんと完璧な演出!!)


漆黒の日傘。光沢のあるシルクの漆黒の日傘に、繊細なレースの縁取り。

深紅のドレスに、この日傘では、悪女がさらに悪女になる。

憎い演出だ。

思わず感嘆の眼差しをアルマンさんに向けると、なぜか視線を逸らされた。


(え?なんで?)


「ところで……ヴェルナレット嬢は、あちらの温室に興味がおありですか?」

「温室?」

「ええ、植物の品種改良や、人工魔樹の研究をしている温室です」

「あ、じゃあ、あの光は……」

「結界ドームですね。危険はありませんよ」

「でも……魔樹の研究をしているってことは……魔物が発生するんじゃ……」

「ええ、ですから、結界ドームだけではなく、魔物掃討装置もあります」


にっこりと微笑まれて、そのすごさにミレーニアは何も言えない。


侯爵邸内に結界ドーム。しかも、魔物掃討装置まで……

さすがにコアが聖石ということはないだろうが、それにしたって、管理費が莫大だ。

だが、研究とはそういうものだろう。

ミレーニアだって、お金があれば先行投資で……


(ん?……んん?)


今、興味があるかどうか、訊かれたということは。

もしかして、興味があると答えたら、連れて行ってもらえるのだろうか?


「あります!!興味あります!!」

「え?」

「行ってもいいですか?ダメですか?」


ミレーニアは必死だった。


(だって、品種改良に、人工魔樹よ!!)


そんなの、お金の匂いしかしない。


ヴェルナレット領には、いまだ活用されていない農地がある。

そこに最も適した、改良したものが栽培できれば、お金になる。

以前はあった人工魔生地も、地脈振動で被害を受け、今は単なる更地だ。

その更地で再び人工魔樹を育てて、魔石を収穫できるようになれば……

国に納めて、その余剰分を売って、お金にして……


(あぁ……夢が、夢が広がる!!)


ミレーニアは、ぐっとアルマンさんの方へ乗り出す。


「今日がダメなら、明日でも!!」

「……も、もちろん、いいですよ」

「いつ?」

「今日……」

「すぐにでも!?」

「え……ええ……すぐにでも……」


アルマンさんの頬はやや引きつっていたが、関係ない。

レネから日傘を奪うと、ミレーニアは温室へと向かう。


「お嬢さま!!お待ちください!!」

「ヴェルナレット嬢!!」


アルマンさんがミレーニアに追いついてきた。

うう……走れないとは、これ如何に。


……やっぱり、間違えた。


今日は悪女の格好なんてするんじゃなかった!!


これがワンピースだったら、走れただろうし、土いじりだってなんだってできたのに。

いっそのこと……今から着替えるとか?

いや……その時間すら勿体ない。

今日は、とにかく見るだけ。

明日から本格的に通えばいい!!


すでに悪女契約を放棄していることに、ミレーニアは気づいていなかった。

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