34、悪女契約、遂行
――悪女よ!私は悪女!!
朝起きてすぐに、ミレーニアは呪文のように脳内で繰り返した。
そう言えば、領地にいた頃もよくこうしていた。
起きたらすぐに、その日の予定を口にするのだ。
なにせミレーニアは忘れっぽい。
予定外のことをしようとすると、家令のコルヴァンさんから指摘が入る。
指摘だけならまだしも、延々とお説教されるのだ。
それが嫌だったから、朝起きて反復する、それが習慣だった。
そんなわけで、朝起きてからずっと、“悪女、悪女”とひたすら繰り返していたのだが……
「……すごい、すごいわ!!」
ミレーニアは鏡に映った自分に感動する。
これなら悪女なんて繰り返さなくても……いや、自分の顔は自分では見れない。
今日一日手鏡でも持って歩いて、十五分置きにでも見ればいいのか?
そしたら忘れることなんてないだろう。
完璧な悪女が、いる。
あの、セラフィーヌ様しか似合わないんじゃないかと思えた、深紅のドレスを。
胸元の薔薇が意味不明におっきくて、そんなのどうするの?みたいなあのドレスを。
今のミレーニアは、完全に着こなしている!!
「本当です。さすがヴェルナレット嬢ですわ」
うんうん、と満足しているのは、お化粧隊のクララとサビーヌ。
マルグリットさんは非常に誇らしげだ。
そうなるのも当然だ。侍女さんたちが優秀過ぎる。
ちなみにその後ろでは、レネがいて口をあんぐりとさせている。
分かる。分かるよ。その気持ち。
鏡に映っているのは、ミレーニアであってミレーニアではない。
どこにも片鱗を感じられない。
――完璧な悪女だ。
丸みを帯びていたはずの目は、なぜかほっそりすっきりしていて。
狸のような目だと言われたこともあるのに、鋭く冷たい印象を与えている。
そして、唇は深紅のドレスに合わせて真っ赤にするかと思いきや、抑え目の色で、逆に華やかなドレスと鋭くなった目を際立たせている。
さらに、髪は片側に緩く結われ、ミレーニアには無かった色気すら感じる。
「凄いわ!!天才がいるわ!!」
化粧台の鏡に“完成形”の自分の顔が映っていた時から、すごいと思ったけど。
全体像が見えるようにと、大きな姿見に移動させられて、完成した悪女の姿を見た時、感動を覚えた。
人は化けれるのだ!
(こんなにも別人になるなんて……狸がこんな美人になるなんて……はっ!!)
「ま……まさか、ルシアン様も化けていらっしゃる!?」
くるりと後ろを振り返り、思わず聞いてしまったら、後ろの三人が勢いよく首を横に振った。
そうか……
あれは天然か。
天然の美しさか……
再び視線を鏡へと戻す。
近寄っても粗が見つけられない。どういう技術なのだろう。
「凄いのはヴェルナレット嬢です」
「ええ……お顔は誤魔化せますけど」
クララとサビーヌによって確定した。
顔は誤魔化せる。つまり、人は化けれる。
(……悪女の契約がなかったら、可愛い感じにしてほしかったなぁ~)
鏡に映る自分を見入ってしまう。
角度を変えても、変わらぬ悪女の美しさに、ため息が出る。
後ろで話しているクララとサビーヌの会話も、右から左へと通り抜けていく。
「体型は難しいですわ」
「コルセットで締め付けることはできても……」
地獄を思い出した。
久しぶりの苦行は、やはりつらかった。
死ぬかと思ったけど、“悪女、悪女”と繰り返して、なんとか耐えた。
「そのスラリとした手足、意外と小さな顔」
(……ん?意外とってどういう意味かしら?)
「「さいっこうの素材でした!!」」
お化粧隊の熱量が凄い。
ぐぐっとミレーニアに近寄ってくる。
「明日はどうされます?」
「悪女メイクもいいですけど、わたくしは清楚な感じを推しますわ」
「あら、清楚もいいですけれど、ヴェルナレット嬢の素朴さを活かして、可愛らしい感じも捨てがたいと思うわ」
(素朴って褒め言葉でいいの??)
「確かに、その愛らしい素朴さを……野花のように可愛らしく、そして清楚に!」
「いいとこどり、ね。最高だわ」
二人の話を聞いて、レネがうんうんと頷いているけれど、褒められているのかしら?
どうしてもそう思えない。
素朴よ、素朴。
素朴と仲良しの言葉と言えば、質素よ。
つまり……質素ということでは?
なんかこう……納得がいかないのですけど。
それなのに、マルグリットさんまで大きく頷いてて、ミレーニアはちょっと凹む。
だって――
月の化身の隣に、野花なんて。
似合わないとか以前に、見られもしない。
(……まぁ、悪女契約だから関係ないんですけどね)
でも。
悪女だって、ルシアン様には合わない。
あの綺麗な人の隣には……
もっと……
輪郭がぼんやりとしてくる。
ルシアン様の隣に、どんな人が相応しいのかなんて、
ミレーニアが考える必要があるのだろうか。
(……どうでも、いいことよね)
そんなことより。
ミレーニアはくるりと、後ろを振り返った。
レネと、クララにサビーヌ。
それからマルグリットさん。
協力してくれた四人に、にっこりと微笑んで見せる。
そして。
「今日はこれで、完璧な悪女になってみせるわ」
(どうよ!この悪女の笑み!!)
さらなる、完璧を求めて。
ミレーニアは、両手を腰に当てた。




