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菫色の署名が導く悪女の契約。甘い悪夢は終わらない  作者: 星見蒼


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34/70

34、悪女契約、遂行

――悪女よ!私は悪女!!


朝起きてすぐに、ミレーニアは呪文のように脳内で繰り返した。

そう言えば、領地にいた頃もよくこうしていた。

起きたらすぐに、その日の予定を口にするのだ。

なにせミレーニアは忘れっぽい。

予定外のことをしようとすると、家令のコルヴァンさんから指摘が入る。

指摘だけならまだしも、延々とお説教されるのだ。

それが嫌だったから、朝起きて反復する、それが習慣だった。


そんなわけで、朝起きてからずっと、“悪女、悪女”とひたすら繰り返していたのだが……


「……すごい、すごいわ!!」


ミレーニアは鏡に映った自分に感動する。

これなら悪女なんて繰り返さなくても……いや、自分の顔は自分では見れない。

今日一日手鏡でも持って歩いて、十五分置きにでも見ればいいのか?

そしたら忘れることなんてないだろう。


完璧な悪女が、いる。


あの、セラフィーヌ様しか似合わないんじゃないかと思えた、深紅のドレスを。

胸元の薔薇が意味不明におっきくて、そんなのどうするの?みたいなあのドレスを。

今のミレーニアは、完全に着こなしている!!


「本当です。さすがヴェルナレット嬢ですわ」


うんうん、と満足しているのは、お化粧隊のクララとサビーヌ。

マルグリットさんは非常に誇らしげだ。

そうなるのも当然だ。侍女さんたちが優秀過ぎる。

ちなみにその後ろでは、レネがいて口をあんぐりとさせている。

分かる。分かるよ。その気持ち。


鏡に映っているのは、ミレーニアであってミレーニアではない。

どこにも片鱗を感じられない。

――完璧な悪女だ。


丸みを帯びていたはずの目は、なぜかほっそりすっきりしていて。

狸のような目だと言われたこともあるのに、鋭く冷たい印象を与えている。

そして、唇は深紅のドレスに合わせて真っ赤にするかと思いきや、抑え目の色で、逆に華やかなドレスと鋭くなった目を際立たせている。

さらに、髪は片側に緩く結われ、ミレーニアには無かった色気すら感じる。


「凄いわ!!天才がいるわ!!」


化粧台の鏡に“完成形”の自分の顔が映っていた時から、すごいと思ったけど。

全体像が見えるようにと、大きな姿見に移動させられて、完成した悪女の姿を見た時、感動を覚えた。

人は化けれるのだ!


(こんなにも別人になるなんて……狸がこんな美人になるなんて……はっ!!)


「ま……まさか、ルシアン様も化けていらっしゃる!?」


くるりと後ろを振り返り、思わず聞いてしまったら、後ろの三人が勢いよく首を横に振った。


そうか……

あれは天然か。

天然の美しさか……


再び視線を鏡へと戻す。

近寄っても粗が見つけられない。どういう技術なのだろう。


「凄いのはヴェルナレット嬢です」

「ええ……お顔は誤魔化せますけど」


クララとサビーヌによって確定した。

顔は誤魔化せる。つまり、人は化けれる。


(……悪女の契約がなかったら、可愛い感じにしてほしかったなぁ~)


鏡に映る自分を見入ってしまう。

角度を変えても、変わらぬ悪女の美しさに、ため息が出る。

後ろで話しているクララとサビーヌの会話も、右から左へと通り抜けていく。


「体型は難しいですわ」

「コルセットで締め付けることはできても……」


地獄を思い出した。

久しぶりの苦行は、やはりつらかった。

死ぬかと思ったけど、“悪女、悪女”と繰り返して、なんとか耐えた。


「そのスラリとした手足、意外と小さな顔」


(……ん?意外とってどういう意味かしら?)


「「さいっこうの素材でした!!」」


お化粧隊の熱量が凄い。

ぐぐっとミレーニアに近寄ってくる。


「明日はどうされます?」

「悪女メイクもいいですけど、わたくしは清楚な感じを推しますわ」

「あら、清楚もいいですけれど、ヴェルナレット嬢の素朴さを活かして、可愛らしい感じも捨てがたいと思うわ」


(素朴って褒め言葉でいいの??)


「確かに、その愛らしい素朴さを……野花のように可愛らしく、そして清楚に!」

「いいとこどり、ね。最高だわ」


二人の話を聞いて、レネがうんうんと頷いているけれど、褒められているのかしら?

どうしてもそう思えない。

素朴よ、素朴。

素朴と仲良しの言葉と言えば、質素よ。

つまり……質素ということでは?

なんかこう……納得がいかないのですけど。

それなのに、マルグリットさんまで大きく頷いてて、ミレーニアはちょっと凹む。


だって――


月の化身の隣に、野花なんて。

似合わないとか以前に、見られもしない。


(……まぁ、悪女契約だから関係ないんですけどね)


でも。

悪女だって、ルシアン様には合わない。

あの綺麗な人の隣には……

もっと……


輪郭がぼんやりとしてくる。

ルシアン様の隣に、どんな人が相応しいのかなんて、

ミレーニアが考える必要があるのだろうか。


(……どうでも、いいことよね)


そんなことより。


ミレーニアはくるりと、後ろを振り返った。


レネと、クララにサビーヌ。

それからマルグリットさん。

協力してくれた四人に、にっこりと微笑んで見せる。

そして。


「今日はこれで、完璧な悪女になってみせるわ」


(どうよ!この悪女の笑み!!)


さらなる、完璧を求めて。

ミレーニアは、両手を腰に当てた。

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