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菫色の署名が導く悪女の契約。甘い悪夢は終わらない  作者: 星見蒼


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33/70

33、はちみつクラッカー

「あ、そうだ。お嬢さま、お土産ありがとうございます」


いつものように、寝る前にマッサージに来てくれたレネから、思い出したようにお礼を言われた。

ベッドに寝転がって、足をバタバタさせていたミレーニアは、起き上がる。


「……ううん、買ったのはルシアン様だから」

「いえいえ、坊ちゃま……ご子息様にはお土産という発想はないそうです。実質お嬢さまです」

「でもお金は……」

「お嬢さま、わたしは“気持ち”の話をしているんです。“誰が払ったか”ではありませんよ?」


レネはドアの前で振り返ったまま、ミレーニアを見ている。

その眼差しがいつもと違って真剣だ。


(……言いたいことは分かるけど……)


お土産を買ってきたのに怒られるなんて、なんだか理不尽だ。

それに、やっぱり買ったのはルシアン様なのだ。


(だって……ルシアン様がいなかったら……)


露店から漂う小麦の香りが気になって。

つい鼻をくんくんさせていたら、ルシアン様に気づかれて。

そのまま手を引かれて、匂いの元まで連れて行かれたのだ。


(そもそも、なんで手なんて握ってるのよ)


文句を言いかけたけど、ルシアン様の歩くスピードが速すぎて。

それに合わせるのに必死で、手は繋がったままだった。


「久しぶりに、蜂蜜クラッカー食べましたね」

「うん……美味しかった」


領地のみんなの、大好きなお菓子だ。

保存がきくので、とても便利で、それでいて美味しい。


貴族の人が食べるようなものではないと思ったから、ルシアン様の手を引っ張って、お店から離れようとしたのに。

ルシアン様は全然気にしてなくて、逆に引っ張られて。

試食用の蜂蜜クラッカーが、強引にミレーニアの口の中に入れられたのだ。


(……本当になんなのよ)


いや、この時はミレーニアが逃げようとしたからだとは分かっているけれど。

その前のイチゴはいまだに理解できない。


(もう……絶対に口を開けたりしないわ)


抗議のために声を上げていたのが、良くなかったのだ。

口が開いていたから、ルシアン様に隙を与えてしまったのだ。


(……って、どうして私が反省しないといけないのよ!)


納得がいかないが、対策をしないと、また同じことになりかねない。


ミレーニアは、再びベッドに寝転がる。

レネがドアの前から、こちらに戻ってきた。

ベッドサイドに腰を掛けて、やさしい目でミレーニアを見ている。


「みんなも美味しいって喜んでましたよ」


侯爵邸の使用人のみんなに買っていったのだ。

たぶん……ミレーニアが自分では買わないと、ルシアン様は気づいたのだろう。


(商人のおじさんもビックリしてたし……)


フードを被った怪しげな人物が、露店に並んでいる蜂蜜クラッカーを全部買おうとしたのだ。

何者だって思ったに決まっている。

まぁ、ルシアン様なんですけどね……。


わがままで。

強引で。

お金のことなんて全然気にしない。


(……だって、お貴族さまだもの)


でも、ミレーニアの気持ちには気づいてくれる。


そういうところが。


(……なんなのかしら)


ずっともやもやしている。

あの夜会から。

……もしかしたら、その前から。


もやもやして……

全然消えてくれない。


「お嬢さま、そろそろ寝ないと」


無意識だったけれど、ベッドの上をごろごろと転がっていた。

ワンピースが許されたせいか、行動も昔に戻っていた。


「……悪女契約違反になってしまうわ」


ミレーニアは、伯爵家の次女として。

王都を華やかに舞う悪女として。

ここにいるのだ。

忘れちゃいけない。


蜂蜜クラッカーがいくら美味しくても、

懐かしい味に引き戻されてはいけない。


うん。

……そうだわ。


「明日はドレスを着ようかしら?」

「……それならマルグリット様たちにお伝えしておきますね」


そう言われて、一瞬ひるんだものの。

だって自分は悪女なのだから。

ルシアン様の私費からドレスを買ってもらったのだから。


燦然とドレスを着なくてはいけない。

そうよ。

そういう契約だったはず。


「明日は、あの深紅の薔薇のドレスを着るわ!!」


高らかに宣言したら、なぜかレネが大きくため息を吐いた。

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