33、はちみつクラッカー
「あ、そうだ。お嬢さま、お土産ありがとうございます」
いつものように、寝る前にマッサージに来てくれたレネから、思い出したようにお礼を言われた。
ベッドに寝転がって、足をバタバタさせていたミレーニアは、起き上がる。
「……ううん、買ったのはルシアン様だから」
「いえいえ、坊ちゃま……ご子息様にはお土産という発想はないそうです。実質お嬢さまです」
「でもお金は……」
「お嬢さま、わたしは“気持ち”の話をしているんです。“誰が払ったか”ではありませんよ?」
レネはドアの前で振り返ったまま、ミレーニアを見ている。
その眼差しがいつもと違って真剣だ。
(……言いたいことは分かるけど……)
お土産を買ってきたのに怒られるなんて、なんだか理不尽だ。
それに、やっぱり買ったのはルシアン様なのだ。
(だって……ルシアン様がいなかったら……)
露店から漂う小麦の香りが気になって。
つい鼻をくんくんさせていたら、ルシアン様に気づかれて。
そのまま手を引かれて、匂いの元まで連れて行かれたのだ。
(そもそも、なんで手なんて握ってるのよ)
文句を言いかけたけど、ルシアン様の歩くスピードが速すぎて。
それに合わせるのに必死で、手は繋がったままだった。
「久しぶりに、蜂蜜クラッカー食べましたね」
「うん……美味しかった」
領地のみんなの、大好きなお菓子だ。
保存がきくので、とても便利で、それでいて美味しい。
貴族の人が食べるようなものではないと思ったから、ルシアン様の手を引っ張って、お店から離れようとしたのに。
ルシアン様は全然気にしてなくて、逆に引っ張られて。
試食用の蜂蜜クラッカーが、強引にミレーニアの口の中に入れられたのだ。
(……本当になんなのよ)
いや、この時はミレーニアが逃げようとしたからだとは分かっているけれど。
その前のイチゴはいまだに理解できない。
(もう……絶対に口を開けたりしないわ)
抗議のために声を上げていたのが、良くなかったのだ。
口が開いていたから、ルシアン様に隙を与えてしまったのだ。
(……って、どうして私が反省しないといけないのよ!)
納得がいかないが、対策をしないと、また同じことになりかねない。
ミレーニアは、再びベッドに寝転がる。
レネがドアの前から、こちらに戻ってきた。
ベッドサイドに腰を掛けて、やさしい目でミレーニアを見ている。
「みんなも美味しいって喜んでましたよ」
侯爵邸の使用人のみんなに買っていったのだ。
たぶん……ミレーニアが自分では買わないと、ルシアン様は気づいたのだろう。
(商人のおじさんもビックリしてたし……)
フードを被った怪しげな人物が、露店に並んでいる蜂蜜クラッカーを全部買おうとしたのだ。
何者だって思ったに決まっている。
まぁ、ルシアン様なんですけどね……。
わがままで。
強引で。
お金のことなんて全然気にしない。
(……だって、お貴族さまだもの)
でも、ミレーニアの気持ちには気づいてくれる。
そういうところが。
(……なんなのかしら)
ずっともやもやしている。
あの夜会から。
……もしかしたら、その前から。
もやもやして……
全然消えてくれない。
「お嬢さま、そろそろ寝ないと」
無意識だったけれど、ベッドの上をごろごろと転がっていた。
ワンピースが許されたせいか、行動も昔に戻っていた。
「……悪女契約違反になってしまうわ」
ミレーニアは、伯爵家の次女として。
王都を華やかに舞う悪女として。
ここにいるのだ。
忘れちゃいけない。
蜂蜜クラッカーがいくら美味しくても、
懐かしい味に引き戻されてはいけない。
うん。
……そうだわ。
「明日はドレスを着ようかしら?」
「……それならマルグリット様たちにお伝えしておきますね」
そう言われて、一瞬ひるんだものの。
だって自分は悪女なのだから。
ルシアン様の私費からドレスを買ってもらったのだから。
燦然とドレスを着なくてはいけない。
そうよ。
そういう契約だったはず。
「明日は、あの深紅の薔薇のドレスを着るわ!!」
高らかに宣言したら、なぜかレネが大きくため息を吐いた。




