29、夢の中
――外の風が、心地いい。
ミレーニアは、大広間の喧騒から離れ、バルコニーへと一人移動した。
魔力灯が点々と設置され、ほのかな橙色が優しく揺れている。
空いていたベンチに腰を下ろすと、どっと疲れが押し寄せた。
(……やっぱり、侯爵子息さま、なのね……)
ルシアン様の元には、たくさんの貴族が挨拶に来ていた。
それでいて、隣のミレーニアには誰も本気で挨拶をしたりはしなかった。
ただ、興味深げに、嫉妬交じりに、見られるだけ。
(……ほんと、場違い)
どれだけ着飾っても、貴族にはなりきれない。
甘い香りを纏っても、それは偽りのもの。
ため息が重くなる。
振り払うように視線を彷徨わせれば、広間の真ん中でダンスを踊る人たちが見えた。
綺麗なドレスがふわりふわりと舞って、くるりくるりと回っている。
……憧れていた。
ダンスってクルクル回るんだよって。
幼い頃のミレーニアは、綺麗なドレスを着て踊ることに憧れていた。
自分は私生児だけど、伯爵家の娘で、もしかしたらいつか、そんな日が来るのかも。
そう思ったこともある。
でも、大人になるにつれて。
それが夢のまた夢。届かない夢だと気づかされた。
それなのに――
ダンスはしないけど、綺麗なドレスを着て。
王様のお城にいるなんて。
「……帰りたい」
大広間からは、華やかな音色が聞こえてくる。
どんなにきらびやかなんだろう。
どんなに楽しいんだろう。
そう思ってたのに。
きらびやかだけど。
楽しくなんて、ない。
帰りたい。帰りたい。帰りたい。
もう嫌だ。
夢なんて見たくない。
いつか覚めてしまう夢なんて。
もう……見たくない。
ミレーニアは目を閉じる。
ぎゅっと。ぎゅうっと。
「……帰ろうか」
(……え?)
顔を上げると、グラスを片手にルシアン様が立っていた。
「……ルシアン……様……?」
彼は、すっと膝を折って、座っているミレーニアを見上げている。
アイスブルーの瞳が、揺れているように感じた。
「……疲れただろう?……帰ろうか」
ミレーニアの手にそっと触れて、水を持たせて。
優しく微笑んでいる。
それなのに――
どうしてか辛そうで。
胸が苦しくなる。
なんで? どうして……?
どうしてそんな顔をしているの?
あまりにも痛くて。辛くて。
先ほどの帰りたい気持ちなんて、どこかへ消えていく。
このまま帰るなんてできない。
「あの……っ!!」
「それを飲んだら帰ろう」
「大丈夫です。全然。もう休んだし……」
「いいよ。結構挨拶したし、俺も疲れたし」
ちがう。ちがうの。
笑ってくれるけど。
そんなのが見たいんじゃないの。
そうじゃないの。
「わたし……」
「あ~でも勿体ないか。せっかく綺麗なんだから……」
コクコクと頷くと。
ルシアン様が、ミレーニアの手を取る。
「庭園でも散歩してから……帰ろうか」
ミレーニアは、手にしていたグラスの水を一気に飲みほした。
「……そんなに煽らなくても」
「だって……」
ルシアン様の気が変わるのが怖かった。
でも、ミレーニアの淑女らしからぬ行動に、表情が少しだけ和らいだ気がする。
「行こうか」
初めてルシアン様と手を繋いだ。
きっとその事実にルシアン様は気づいていないだろう。
ぎゅうっと握りしめてみたいけれど、そしたらこの手は離されてしまう。
それだけは……嫌だった。




