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菫色の署名が導く悪女の契約。甘い悪夢は終わらない  作者: 星見蒼


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27、長い長い夜

夜会としか聞かされていなかった。

いや、聞きもしなかった。

そもそも『どこで行われるの?』とか訊いても、意味なんてないと思っていたから。

だって、教えてもらったところで、『あ~あそこか~』とはならないわけで。

だけど!!

今、それを後悔している。



――王城だなんて聞いてない!!


侯爵邸から馬車に揺られ、窓から見える景色をぼんやりと眺めていた。

見慣れてしまった道並みを通り過ぎ、馬車はさらに奥へ、坂道をゆるやかに上っていく。

遠くに見える聖樹の、淡い白銀の光が美しいなぁなんて、呑気に思ってもいたのだけど。

あまりにもずんずん進んでいくから、そこでようやくどこに行くのかと訊いたのだ。


――王城だけど?


あっさりと返さないで欲しい。

『他にどこに行くんだ?』みたいな返しだった。

いやいや、聞いてないし、そんなの思わないし。


ちらりと自分の格好を見る。

ルシアン様が用意してくださったドレスは、とても素晴らしい。

普段のドレスより布の量が明らかに多いはずなのに、重さを感じない。

しかも、ミレーニアの好みが反映されていて、可愛らしい甘さもある。

合わせられたショールは、すっきりとしたデザインで甘さをほどよく削ぎ落している。

ちなみにドレスは淡い水色で、縁取りの一部とかにシルバーを採用。


……あれですよ。巷でよく聞く、婚約者の色を取り入れましたっていう。


そうやって、後悔やら、現実逃避やらをしている間にも、刻々と時は過ぎていくわけで。

気づけば馬車は王城に到着。

その大きさに呆然としたまま、ルシアン様にエスコートをされ、豪華な豪華な大広間に辿り着いてしまった。



「ルシアン・ド・クレヴォワール様とその婚約者、ミレーニア・ド・ヴェルナレット様です」


名前を読み上げられ、進まないといけないらしい。

なんなの?これ?恥ずかしすぎる。


ルシアン様の腕に手を添えて、一緒に歩く。

夜会用のドレスで歩けるようにと、ここ数日、徹底的に叩き込まれた。

おかげで、転ぶとかそういう無様な醜態を晒さずにすんでいる。


それにしても、視線が痛い。

誰かさんのおかげで、注目されることにも慣れたと思っていたけど、いつもの“偽デート”とは比べものにならないのだ。

なにせ、スケールが違う。


まず、王城の広間は、街の広場よりも広い!

おかしい。室内なのにこの広さはおかしい。

しかも、天井が信じられないほど高い。え?何階建て分?掃除とかどうするの?って思ってしまう。

そこから吊り下げられたシャンデリアは、キラキラと輝いている。


そんな中、深紅のビロードの絨毯の上を、ルシアン様と一緒に歩く。


(……うぅ……見られてる……めっちゃ見られてる……)


両脇に並んだお貴族様からの、強い強い視線。

しかも女性陣からだけではなく、男性陣からも。


その視線の先は……言わずもがなのルシアン様。


なんで?


――いや分かる。皆、ルシアン様に見惚れているのだ。

いつ何時でも綺麗な人だけど、夜会仕様のルシアン様は月の化身かと思われるほどに美しい。

婚約者の色――ミレーニアの菫色と地味な栗色を纏ったって、その美貌が霞むことはない。

とはいえ、主たる色にしづらいということで、基本はライトグレーに差し色として菫色を採用。栗色はどこかと言えば……クラバットの装飾に琥珀が使われている。

……琥珀は琥珀。栗色とは違うんだけどな!!


「……怒ってる?」


みんなと同じ、両側の行列の中に、ようやく身をひそめることができた。

できれば壁側がいいが、乾杯までは動けないらしい。

手にしたグラスの中身は何なのか?


「ヴェルナレット嬢……」

「あ……はい?」

「もしかして怒ってる?」


言われて自分の顔を、主に眉間を伸ばしてみる。


「……怒っているというか……情報収集しなかった自分に呆れているというか……」


周りに人がいるので、聞こえないようにと配慮すると、必然的にルシアン様との距離が近くなる。


(あ……あぁ……今日は香水つけてらっしゃる……)


普段は爽やかな緑の香りがするのだが、夜会に合わせてなのかちょっと濃いめの……なんだろうクラクラする感じの香りだ。

こちらは香水に詳しくないのでこの程度の説明で諦めて欲しい。


くんっと。ルシアン様の鼻が動いた。

高くて形の良い鼻だ。


「……いつもと違う」

「へ?」


くんくんと香りを確かめようとしているのか、首元あたりを嗅ごうとする。

紳士にあるまじき態度ではないだろうか?


「ちょ……変態と叫びますよ」

「……あ、すまない」

「いえ……っていうか、嫌いな匂いでした?」

「いや……いつもの君の匂いの方が好きだ」

「……」


周囲で声にならない悲鳴を聞いた。

だが、こちらの心臓は破裂しそうだ。

冷静になろう。

これは、ミレーニアの匂いが好きだとかいう……そういう甘い……いや?なんか変態ではないだろうか?

……違う。そうじゃなくて。

比較対象として、いつもの匂いと、今日の匂いがあり……

だめだ。混乱してきた。


考えれば考えるほど、謎のドツボにはまる。

諦めて周囲に視線を巡らせれば、強い圧を感じた。

嫉妬、羨望。

そんな眼差しを向けられる日が来るとは。


……ん?これは、目的を達成できているのでは?

悪女を婚約者としている次期当主候補。

しかもその悪女に溺れまくっている……

自分で言っていて、恥ずかしい。

ルシアン様がミレーニアに溺れるわけがない。

なんなら、スイスイ泳いでいらっしゃる。


「そのグラス」


そう言って今度はミレーニアの持っているグラスの匂いを嗅ごうとする。

あのですね……近いうえに、綺麗な銀色の髪が私に触れてくすぐったいやらなにやらなんですよ。

というか、それは癖ですか?


(……まぁ、私も人のことは言えないのかもしれないが)


「アルコールだな」

「……」


それだけの為に、今の態勢をとるのは如何なものでしょうか?


「君はアルコールが飲めないはずだ」

「……正確には飲んだことが無い、ですけど」

「それなら、飲まない方がいい」

「口をつけるのもダメですか?」

「ダメだ。絶対にダメだ」

「少しぐらい……」

「少しでも免疫のない人間は、醜態を晒す可能性がある」


恐ろしい……アルコールとはなんと恐ろしいのか。


「絶対に飲みません」


そう誓うと、満足そうにルシアン様は微笑んだ。

これまた周りで息を呑む音がした。

……群衆だと息を呑む音が聞こえちゃうんだ。


「この後はずっと私の傍に」


立っていればいい。と言う言葉を省いているせいで、周囲に盛大な勘違いをさせている。

……ルシアン様は実に素晴らしく、悪女契約を遂行されている。


ミレーニアはぐるりと周囲を見渡す。


(あぁ……長い夜になりそう……)


夜会はまだ……始まってもいない。

ミレーニアはすでに疲れ切っていた。

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