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菫色の署名が導く悪女の契約。甘い悪夢は終わらない  作者: 星見蒼


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25/70

25、夜の報告書

「……」


人の顔を見るなり笑うとは、どういうことなのか?


夜遅くにルシアンの部屋に現れたかと思うと、ジュールは唐突に笑い出した。

多少の奇行には慣れているので、そのまま待っていたのだが、なかなか用件に入ろうとしない。

いつまでも付き合ってはいられないので、追い出そうとしたところで、ジュールがようやく口を開いた。


「あ~ごめん。ごめん」


絶対に悪いと思っていないはずだ。


「……なんで笑う?」

「だって……君でもカッコつけるんだなぁとつくづく思って」


なんの話だ?


「ヴェルナレット嬢とのデート?人気のカフェとか観劇とかさぁ」

「……お前たちが、それが普通だと言ったんだろう?」


婚約者として振舞うにあたってジュールをはじめ、同僚たちに助言を求めたら、皆がそう答えたのに、何故笑われるのか分からない。


「いやまぁ……そうだけど」

「……だろう?」


それなのにまだ笑っている。


「それだけじゃなくて」

「……」

「ヴェルナレット嬢の前で……カッコつけてるから」

「……いつ、どこで?」

「ん~言うなれば……彼女の前では常に?」

「……覚えがない」

「そうだよな。絶対無意識だろうなぁとは思ってた」

「……どうしろと言うんだ」

「いや、面白いだけだから、別に今のままでいいんじゃないか?」


笑われて今のままでいいとは、とても思えない。


「どうせ化けの皮なんてすぐ剥がれるし」

「人を何だと思ってるんだ」

「まぁ……大した化けの皮でもないけど」

「だから、被った覚えはない」

「……クレヴォワール侯爵令息としての皮は?」

「婚約とは両家の契約だ。侯爵家の人間として彼女と向き合うのは当然では?」


皮と言われるのは心外だ。

ジュールに反論するが、どうにも納得してもらえない。


「……で」

「で?」

「なにか話があったんじゃないのか?」


いくらジュールだって、用もなく、ただ人の顔を笑いに来たわけではないだろう。


「そうそう、これ」


そう言って差し出されたのは、茶色の封筒。


「明日でもいいかなぁと思ったけど、一応、ね」


封の紐を解いて中を取り出せば。


――ヴェルナレット伯爵家に関する報告書


とある。


「先に読ませてもらったけど」

「……お前なぁ」

「彼女は間違いなく、ミレーニア・ド・ヴェルナレット」

「間違いなくって……何を元に?」

「署名だよ」

「……魔力署名のことか?」


契約書などの正式書類には、魔力による署名が義務付けられている。


(そういえば……彼女の魔力は、菫色だったな)


契約書に署名した時の光景を思い出す。


「となると……彼女の戸籍の署名と照らし合わせたのか……」

「そう。君との契約書の署名で、照合されたみたいだよ」

「……っ!!まさか、あの契約書が監査室に!?」


座っていた椅子から、思わず立ち上がる。


「そうだろうね~。照合できるの、監査室だけだし?」


思わず、ため息が零れる。


「おやおや、君でも気にするんだ?」

「……そうじゃない」


監査室の人間は仕事柄、口が堅い。

それに、彼らがルシアンの行動をどう思おうが、どうだっていい。

問題は……


「ああ……君の義兄君が関わっているだろうから、当然知ってるだろうね~」


義理の兄は、本当に優秀で、血筋も文句のつけようが無い。

それでもルシアンは、五年前のあの時、姉がすべてを犠牲にして、婚約したことが許せなかった。


今回の婚約には、五年前のあの出来事への反発も、少なからず含まれていた。


――どうせ、また子供だと思われたんだろうな


義兄は、ルシアンが太刀打ちできる相手ではなかった。


「……最悪」

「じゃ、そういうわけで」


ジュールが手をひらひらとさせる。

部屋を出ていきかけた足が止まり。


「まぁ、そこが君のイイところだと思うよ」


慰めなのかなんなのか。

ウインクまで残していった。

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