25、夜の報告書
「……」
人の顔を見るなり笑うとは、どういうことなのか?
夜遅くにルシアンの部屋に現れたかと思うと、ジュールは唐突に笑い出した。
多少の奇行には慣れているので、そのまま待っていたのだが、なかなか用件に入ろうとしない。
いつまでも付き合ってはいられないので、追い出そうとしたところで、ジュールがようやく口を開いた。
「あ~ごめん。ごめん」
絶対に悪いと思っていないはずだ。
「……なんで笑う?」
「だって……君でもカッコつけるんだなぁとつくづく思って」
なんの話だ?
「ヴェルナレット嬢とのデート?人気のカフェとか観劇とかさぁ」
「……お前たちが、それが普通だと言ったんだろう?」
婚約者として振舞うにあたってジュールをはじめ、同僚たちに助言を求めたら、皆がそう答えたのに、何故笑われるのか分からない。
「いやまぁ……そうだけど」
「……だろう?」
それなのにまだ笑っている。
「それだけじゃなくて」
「……」
「ヴェルナレット嬢の前で……カッコつけてるから」
「……いつ、どこで?」
「ん~言うなれば……彼女の前では常に?」
「……覚えがない」
「そうだよな。絶対無意識だろうなぁとは思ってた」
「……どうしろと言うんだ」
「いや、面白いだけだから、別に今のままでいいんじゃないか?」
笑われて今のままでいいとは、とても思えない。
「どうせ化けの皮なんてすぐ剥がれるし」
「人を何だと思ってるんだ」
「まぁ……大した化けの皮でもないけど」
「だから、被った覚えはない」
「……クレヴォワール侯爵令息としての皮は?」
「婚約とは両家の契約だ。侯爵家の人間として彼女と向き合うのは当然では?」
皮と言われるのは心外だ。
ジュールに反論するが、どうにも納得してもらえない。
「……で」
「で?」
「なにか話があったんじゃないのか?」
いくらジュールだって、用もなく、ただ人の顔を笑いに来たわけではないだろう。
「そうそう、これ」
そう言って差し出されたのは、茶色の封筒。
「明日でもいいかなぁと思ったけど、一応、ね」
封の紐を解いて中を取り出せば。
――ヴェルナレット伯爵家に関する報告書
とある。
「先に読ませてもらったけど」
「……お前なぁ」
「彼女は間違いなく、ミレーニア・ド・ヴェルナレット」
「間違いなくって……何を元に?」
「署名だよ」
「……魔力署名のことか?」
契約書などの正式書類には、魔力による署名が義務付けられている。
(そういえば……彼女の魔力は、菫色だったな)
契約書に署名した時の光景を思い出す。
「となると……彼女の戸籍の署名と照らし合わせたのか……」
「そう。君との契約書の署名で、照合されたみたいだよ」
「……っ!!まさか、あの契約書が監査室に!?」
座っていた椅子から、思わず立ち上がる。
「そうだろうね~。照合できるの、監査室だけだし?」
思わず、ため息が零れる。
「おやおや、君でも気にするんだ?」
「……そうじゃない」
監査室の人間は仕事柄、口が堅い。
それに、彼らがルシアンの行動をどう思おうが、どうだっていい。
問題は……
「ああ……君の義兄君が関わっているだろうから、当然知ってるだろうね~」
義理の兄は、本当に優秀で、血筋も文句のつけようが無い。
それでもルシアンは、五年前のあの時、姉がすべてを犠牲にして、婚約したことが許せなかった。
今回の婚約には、五年前のあの出来事への反発も、少なからず含まれていた。
――どうせ、また子供だと思われたんだろうな
義兄は、ルシアンが太刀打ちできる相手ではなかった。
「……最悪」
「じゃ、そういうわけで」
ジュールが手をひらひらとさせる。
部屋を出ていきかけた足が止まり。
「まぁ、そこが君のイイところだと思うよ」
慰めなのかなんなのか。
ウインクまで残していった。




