24、ケーキな悪女
「あ、そうだ。ルシアン、この間の観劇はどうだった? 喜んでくれたんじゃないか?」
ルシアンに声を掛けてきたのは、直属の上司で班長のリュック・モロー。
その問いかけに、周りがニマニマし出す。
(……最悪だ)
魔生地での魔物狩りを終え、ただでさえ緊張感がなくなっているというのに、班長の一言で、三班の隊舎の空気はさらに緩んだ。
「どの観劇に行ったんですか?」
「俺が教えたカフェには行ったのか?」
「教えたんだから、報告しろ」
「そうですよ、先輩。ホウレンソウは重要だって教わりましたよね?」
「報告大事」
わらわらと同僚たちが集まってくる。
その中でも後ろに控えて一言も発していないのに、誰よりも面白がっていると思われるジュールの気配が一番嫌だ。
「……ありがたく、順番に採用させていただいています」
「順番!?」
「……お、お前、どういうスケジュールを組んで?」
なぜか動揺された。
理由は分からないが、質問に答える。
なにせ報告なのだから。
「言葉通り、順番です」
「いや……あのなぁ……」
「観劇はさすがに一日一回しか行けませんが、カフェは二軒ぐらいは余裕で回れます」
「……それは、侯爵家の裏技!!」
「そうだとして、それはないだろう?」
「コイツのどこがいいんだ?」
「世の中の女性陣に先輩のポンコツぶりを知ってもらいたい!!」
さらに騒がしくなる面々に、ルシアンは救いを求めて後ろのジュールを振り返る。
しかし、ジュールが答えなど教えてくれるわけもなく、にっこりと微笑まれただけだった。
(……一体、何を問題視されているんだ?)
ルシアンは今までのことを振り返る。
ヴェルナレット嬢が真剣に”悪女契約”を遂行しようとしているので、こちらが協力しないわけにはいかない。
そう思って、デートとやらを重ねている。
きちんと周りのアドバイスを元に。
それなのに、なぜ?
基本、十時ぐらいから劇場へ。
早めの時間帯のため、意外と人が少ない。
噂を広めるには向かないが、劇場は元々人が多すぎるので、良しとしている。
その後、昼食を兼ねた軽食。
最初は劇場で食べていたが、どうせなら人気のカフェを巡るのもいいだろうと考え、最近は同僚たちから仕入れた情報をもとに、カフェで昼食をとっている。
そして、次にデザートを目的とした、別のカフェに移る。
だいたい二軒回るのだが、日によってはもう一軒回ることもある。
なにせ、ルシアンのところに集まる情報が多いのだ。
それを活用するためには、日に二軒では足りない。
実際には三軒でも足りないのだが、マルグリットに釘を刺されたのだ。
あまり歩かせるなと。
『馬車で移動しているんだが?』と伝えたら、『坊ちゃま……』とため息を吐かれた。
だから、なるべく二軒。もう一軒行くときには、必ずヴェルナレット嬢に許可を取っている。
――もう一軒あるが、どうする?
――……いいですよ。
最初の頃は、確かに驚いていた。
菫色の瞳が真ん丸になって、テーブルの上の空になったケーキの皿を見て、それからルシアンを見て。
『まだ、食べるんですか……?』と訊かれたので、『お勧めのところがあるんだ』と言えば、彼女は『……そうですか』とついてきてくれた。
でも、最近は……慣れているのか、『またですか』みたいな空気だ。
そう言えば、ケーキを分け合うことも増えた。
決して行儀がいいとは言えない行動なのだが、来たケーキをフォークで半分にし、使われていないお皿の上に片方を乗せて、『はい、どうぞ』と置かれる。
なんとなく、その瞬間が心地いい。
女性といるのは面倒と思っていたが――
意外とそうでもないのだと気づかされた。
ヴェルナレット嬢は、観劇の感想を楽しそうに語る。
菫色の瞳がきらきらと輝く。
もっときらきらさせたいと思うのだけれど、ルシアンはそういうのが上手ではない。
どうしても淡々と感想を伝えるしかできない。
それでも、ルシアンの感想を聞いて『ふぉーん』って、抜けたような声が聞こえてくると、なんだか嬉しくなるのだ。
まぁ、ヴェルナレット嬢は慌てて口元を抑えるのだが、それすら……なんだろう。
可愛らしい?
そうだな、可愛らしい。
カフェのテーブルの上に並ぶ、ケーキのように、とても可愛らしい。
(……きちんと、デートできているかもしれない)
周りにざわざわされているが。
改めて振り返ってみると、上出来ではないだろうか?
ルシアンは、上司に向けて報告した。
「大変、有意義に過ごしています」
一瞬にして、班舎が静かになる。
そうして、なぜか皆がルシアンの肩をポンポンと叩いて行った。




