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菫色の署名が導く悪女の契約。甘い悪夢は終わらない  作者: 星見蒼


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24/70

24、ケーキな悪女

「あ、そうだ。ルシアン、この間の観劇はどうだった? 喜んでくれたんじゃないか?」


ルシアンに声を掛けてきたのは、直属の上司で班長のリュック・モロー。

その問いかけに、周りがニマニマし出す。


(……最悪だ)


魔生地での魔物狩りを終え、ただでさえ緊張感がなくなっているというのに、班長の一言で、三班の隊舎の空気はさらに緩んだ。


「どの観劇に行ったんですか?」

「俺が教えたカフェには行ったのか?」

「教えたんだから、報告しろ」

「そうですよ、先輩。ホウレンソウは重要だって教わりましたよね?」

「報告大事」


わらわらと同僚たちが集まってくる。

その中でも後ろに控えて一言も発していないのに、誰よりも面白がっていると思われるジュールの気配が一番嫌だ。


「……ありがたく、順番に採用させていただいています」

「順番!?」

「……お、お前、どういうスケジュールを組んで?」


なぜか動揺された。

理由は分からないが、質問に答える。

なにせ報告なのだから。


「言葉通り、順番です」

「いや……あのなぁ……」

「観劇はさすがに一日一回しか行けませんが、カフェは二軒ぐらいは余裕で回れます」

「……それは、侯爵家の裏技!!」

「そうだとして、それはないだろう?」

「コイツのどこがいいんだ?」

「世の中の女性陣に先輩のポンコツぶりを知ってもらいたい!!」


さらに騒がしくなる面々に、ルシアンは救いを求めて後ろのジュールを振り返る。

しかし、ジュールが答えなど教えてくれるわけもなく、にっこりと微笑まれただけだった。


(……一体、何を問題視されているんだ?)


ルシアンは今までのことを振り返る。


ヴェルナレット嬢が真剣に”悪女契約”を遂行しようとしているので、こちらが協力しないわけにはいかない。

そう思って、デートとやらを重ねている。

きちんと周りのアドバイスを元に。

それなのに、なぜ?


基本、十時ぐらいから劇場へ。

早めの時間帯のため、意外と人が少ない。

噂を広めるには向かないが、劇場は元々人が多すぎるので、良しとしている。


その後、昼食を兼ねた軽食。

最初は劇場で食べていたが、どうせなら人気のカフェを巡るのもいいだろうと考え、最近は同僚たちから仕入れた情報をもとに、カフェで昼食をとっている。


そして、次にデザートを目的とした、別のカフェに移る。

だいたい二軒回るのだが、日によってはもう一軒回ることもある。

なにせ、ルシアンのところに集まる情報が多いのだ。

それを活用するためには、日に二軒では足りない。

実際には三軒でも足りないのだが、マルグリットに釘を刺されたのだ。

あまり歩かせるなと。

『馬車で移動しているんだが?』と伝えたら、『坊ちゃま……』とため息を吐かれた。

だから、なるべく二軒。もう一軒行くときには、必ずヴェルナレット嬢に許可を取っている。


――もう一軒あるが、どうする?

――……いいですよ。


最初の頃は、確かに驚いていた。

菫色の瞳が真ん丸になって、テーブルの上の空になったケーキの皿を見て、それからルシアンを見て。

『まだ、食べるんですか……?』と訊かれたので、『お勧めのところがあるんだ』と言えば、彼女は『……そうですか』とついてきてくれた。


でも、最近は……慣れているのか、『またですか』みたいな空気だ。

そう言えば、ケーキを分け合うことも増えた。

決して行儀がいいとは言えない行動なのだが、来たケーキをフォークで半分にし、使われていないお皿の上に片方を乗せて、『はい、どうぞ』と置かれる。


なんとなく、その瞬間が心地いい。


女性といるのは面倒と思っていたが――

意外とそうでもないのだと気づかされた。


ヴェルナレット嬢は、観劇の感想を楽しそうに語る。

菫色の瞳がきらきらと輝く。

もっときらきらさせたいと思うのだけれど、ルシアンはそういうのが上手ではない。

どうしても淡々と感想を伝えるしかできない。

それでも、ルシアンの感想を聞いて『ふぉーん』って、抜けたような声が聞こえてくると、なんだか嬉しくなるのだ。

まぁ、ヴェルナレット嬢は慌てて口元を抑えるのだが、それすら……なんだろう。

可愛らしい?

そうだな、可愛らしい。

カフェのテーブルの上に並ぶ、ケーキのように、とても可愛らしい。


(……きちんと、デートできているかもしれない)


周りにざわざわされているが。

改めて振り返ってみると、上出来ではないだろうか?


ルシアンは、上司に向けて報告した。


「大変、有意義に過ごしています」


一瞬にして、班舎が静かになる。

そうして、なぜか皆がルシアンの肩をポンポンと叩いて行った。


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